第九章10 シェリーの懐柔
ちょんちょん。
不意に背中をつつかれて、後ろを振り返る。
セルフィスが、何か言いたそうにこちらを見つめていた。
「どうしました?」
「いえ……野暮かなと思ったのですが、一応進言をと。筏を前に進める方法って、もう思いついてたりします?」
「一応、思いついてたりはしますけど――」
そのとき、私はある事実に気付いた。
実は、前回同様オールでなんとかしようと思っていたが……今回は乗り込む人数が三倍だ。
必然、筏の広さや重さも、段違いになる。
オールなんか使って泳いでたら、向こう岸にたどり着く前に、体力切れでダウンだ。
「――い、いえ。やっぱり今の無しで。思いついてません」
故に、そう答えるしかなかった。
しかし――
「私、帆くらいなら作れますよ?」
「え? ほんとですか?」
私の問いかけに、セルフィスはおずおずと頷く。
帆というのは、まだスクリューとかが開発される前の時代。
マストという、甲板に設置された長大な柱に括り付けた、巨大な布のことだ。
その布を広げて風を受け、風の力を使って前に進むシステムである。
それを作れるというのだから、驚きだ。
なにせ、今この場に布きれなんてないからである。
それには、シェリーも気付いていたようで。
「帆を作ると行っても、ここには大きい布なんてないのだ」
「布がなくても、布の代わりになるものならあります」
「あ、わかったのだ! セルフィスのドレスを、帆に使うのだな?」
「ち、違います! そんなことしたら、風邪をひいちゃいます! ……というか、恥ずかしい!」
セルフィスは瞬時に顔オを赤らめる。
う~ん、下着姿のセルフィスか。
ちょっと見てみたい気も……いや、なんでもない。
破廉恥な想像なんて、何一つしてないよ。
ほんとに。
「と、とにかく」
セルフィスは咳払いをして、強引に話を戻した。
「帆は葉っぱを編みあわせれば、簡単に作れます。強度に関しては、自信がありませんが……普通に川を渡る分には、支障ないかと」
「じゃあ、帆作りはセルフィスさんにお願いしてもいいですか?」
「わかりました。何人か人を借りてもいいですか? 私一人だと、少し大変なので」
「あー、私が手伝いに行きます。それと……」
私は、近くで話を聞いているシェリーの方を見て、即断した。
「シェリーが手伝います」
「なぁ!? なぜボクなのだ!? レイシアにでもやらせればいいのだ!!」
「いや、偶然たまたまここに居合わせたから。あと、暇そうだから」
「選考基準がおかしいのだ! ボクはメンドクサイことはしない主義なのだ。他を当たれなのだ!」
一気にまくし立てて、ぷいっと顔を背けるシェリー。
我が儘で融通が利かないのも、フィリアそっくりで、大変だ。
仕方ない。
こういうときは、少々狡いが奥の手だ。
「そうかぁ……シェリーなら、宝石加工職人としての力量があるし、手先も器用だから、この仕事は適任だと思ったんだけどなぁ」
あえて、シェリーの神経を逆なでする発言をした。
すると――面白いことに、シェリーの眉がぴくりと動く。
「しょうがないから、他の人に任せよう。シェリーの技量なら、フィリア五人分くらいの働きはできそうなのに」
「そ、そこまで言うならボクがやるのだ!」
耐えかねたのか、シェリーが話に食いついてきた。
素直な分、一度嵌めてしまえば、この通りだ。
少し大人げないことをしたけど……と、私は内心で苦笑いをした。




