第二章13 魔術師の脅威
「ぅおおおおおおおおおおおおッ!」
前を行くロディは、迫り来る炎の大波に向かって吠えた。
背中からバスターソード――通称バッソちゃんを抜き、構える。
左足を踏み込み、両手で持った身の丈を優に超えるバスターソードを横薙ぎに振るった。
ぶわん!
凄まじい剣圧に大気が揺れる。
刹那、炎が横一文字に切り裂かれ、炎の濁流がまるで冗談のように消えて無くなった。
「ふっ。その程度かよッ!」
駆ける速度を微塵も緩めず、ロディは叫んだ。
数十人が同時起動した炎の魔術を、一人の男がいとも容易く打ち破った事実に、魔術師達の隊列に微かに動揺の色が垣間見え――
「「「「《削命法―結氷》」」」」
「「「「《削命法―結氷》」」」」
だが、すぐに詠唱が始まる。
そんな彼等の右手は、悉く宵闇に染まる空に向けられており――
次の瞬間、無数の青白い塊が打ち上げられ、さながら瞬く星のように夜空を彩る。
けれど……今彼らがしたことが、そんなサプライズ・マジックショーの類いではないことは、百も承知だ。
「あれって……ッ!」
空を見上げてその星の正体を悟り、僕は愕然とする。
夜空に浮かぶそれらは――数千を超える小さな氷柱。
看破した瞬間、それらは自由落下を始め、氷の流星群となって頭上に容赦なく降り注ぐ。
「くぅっ!」
「そんな?」
僕とフィリアは駆ける足を止め、咄嗟に剣を抜いて、剣の腹を頭上に向けて攻撃を防ぐ。
ギンッ。ギンッ。
剣に氷柱が衝突する度、衝撃で腕が痺れそうになる。
視線だけ振り返ってみれば、後ろからついてきている騎士達も皆盾を頭上に向けて、攻撃をいなしている。
頭上からの絶え間ない攻撃を防ぐことで精一杯で、身動きがとれない――唯一、ある男を除いて。
「うぉおおおおおおおおおりゃぁああああああああああああッ!」
雄叫びを上げ、バスターソードを傘代わりに氷柱の雨を防ぎながら、ロディは駆ける。
止まる気配を見せないどころか、その速度は全く落ちない。
氷柱が降る異常気象の中、魔術師達の右手はロディに向けられているというのに。
「――あの馬鹿ッ!」
僕は思わず留めていた足を踏み出した。
「ちょっ! おにいッ!? 危ないって!」
フィリアの制止も聞かず、僕はロディを追う。
頭の上で剣を高速回転させて氷柱を防ぎながら、駆ける足に更に力を込める。
剣を頭上で回転させることで、両手は使えなくなるけれど、防御面積は格段に増えるから、ある程度動いたって平気なはずだ。
(まさかあいつ、死ぬ気じゃないよね……ッ?)
敵が強ければ強いほど燃える変態野郎だということは知っているが、それにしたってこの数を相手に真正面から突っ込んでいくのは無謀すぎる。
この構図は自分から死にに行っているようにしか見えない。
(現に今、バッソちゃんは氷柱を防ぐのに使ってて、正面からの攻撃は――)
そう思ったそのときだ。
「「「「《削命法―霹靂)》」」」」
「「「「《削命法―霹靂)》」」」」
ロディへ向けられていた掌にバチバチと紫電が弾け、ジグザグ軌道を描きながら正面がガラ空きのロディに殺到する。
「ロディ!」
思わず悲痛の叫びを上げる――が。
「あらよっと」
軽いかけ声と共に、ロディは地面を蹴って空高く舞い上がる。
そんなロディの足下を無数の紫電が鋭く掠めて過ぎ去ってゆく。
(あ~……その手があったか)
心配するだけ野暮だったようだ。
安心したのも束の間、前方に視線を戻した僕の思考が、即座に凍り付いた。
ロディを捕らえ損ねた魔術師達の右手は……一斉に僕の方へと向けられていたのだ。




