第九章8 レイシアの気遣い
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その後、私達は土手に上がり、焚き火を囲んで暖をとった。
理由は単純明白。
私は、フィリアの悪戯を受け川に落下。
セルフィスはとばっちりを受け、全身ずぶ濡れ。
フィリアは、キレたセルフィスに吹き飛ばされ水没。
ヘレドは、川に入って魚を捕っていたところ、シェリーに水をかけられ水難に遭い――その報復としてシェリーに水をかけたため、彼女もまたびしょびしょになってしまったのだ。
唯一レイシアだけが無事――と言いたいところだが、彼女の全身からは、ヒタヒタと水滴が滴っていた。
「――それで、どうしてレイシアさんは、自分から水を被ったんです?」
私は、焚き火の向こう側に座って手を伸ばしているレイシアに問うた。
最初こそ、ずぶ濡れになった五人だけで焚き火を囲んでいたのだが、何やら一人で事務作業をしていたらしいレイシアがそれに気付き、私達のところへ歩いてきた。
そして、次の瞬間。
何をとち狂ったのか、サファイアを頭上に投げて水の魔術を起動したのだ。
当然、炸裂したサファイアは大量の水を生み、直下にいるレイシアの頭上を直撃。
理解が追いつかず、その光景を唖然と見ているしかなかった私達の輪の中に入り、平然と暖を取り始めたのだ。
そうして、ようやく我に返った私は、その意味不明な行動の意図を問うたわけである。
「――なぜ、余が水を被ったかだと? わからぬのか?」
レイシアは、やや不機嫌そうに眉の端を吊り上げる。
琥珀色の瞳の中で、焚き火の炎が揺らめいた。
「え、え~と……自分を戒めるため……ですか?」
「違うわ、馬鹿者」
「す、すいません」
あっさり切り捨てられ、私はしゅんとしてしまう。
「ただ……まあ、その。なんだ」
レイシアは、そっぽを向いておずおずと呟いた。
「余だけ仲間はずれというのも……気分が悪かったのでな」
「……へ?」
私は、思わず呆気にとられてしまった。
「なんだ。その妙な表情は。何か変なことを言ったか?」
「い、いえ。変ではない……と思います」
「今少し言い淀んだよな?」
「そ、そんなことないです!」
私は慌てて首を左右に振る。
幾つかの水滴が、珠となって夜に散った。
「変なことは言ってないと思いますけど……」
「要は、それだけのためにわざわざ水を被る必要なんて無かった、とカースは言いたいのだ!」
私の言葉を、端で聞いていたシェリーが継いでくれた。
「そう、それ! それです。焚き火に割って入るのに、濡れてなきゃ行けないなんてルールはありませんからね」
「まあ、そうだろうが……なんとなく、一人だけ状況が違うというのも、居心地が悪かったのでな」
「そ、そうですか。まあ本人がいいなら、構わないんですけどね」
私は冷や汗を垂らしつつ、肯定した。
これも、彼女の新しい生き方なのだ。
ずっと一人で生きてきたレイシアは、他人に気を遣うのがとてつもなく下手だ。
だけど、下手なりにこういう形で輪に入ろうとしている――そんな温かさを、彼女の行動から感じたのであった。




