第九章6 お冠のセルフィス
「ひゃっ!」
水を頭から被り、悲鳴を上げるフィリア――と思ったが、悲鳴の声質が、フィリアとは少し違う。
「え? ……あ」
全身ずぶ濡れになった人物が誰なのかを悟った私は、あんぐりと口を開けてしまった。
「けほっ……こほっ」
水を飲んでしまったのか、少女は咳き込む。
その拍子に、美しい白髪の上を、水の雫がしたって、地面に落ちた。
や、やってしまった!
私は、自分が罠に嵌まったことを悟った。
フィリアは、水の塊が当たる直前にセルフィスの後ろに隠れることができるよう、逃げながらスピードやタイミングを調節したのだ。
舌を巻くほどの戦闘センスだ。
実に惚れ惚れする……なんて、感心してる場合じゃない!!
私は慌てて土手を駆け上がり、水の魔術を直撃させてしまった少女――セルフィスへと駆け寄った。
「す、すいません! セルフィスさん!」
「い、いえ。カースさんのせいじゃないです」
セルフィスは、苦笑いをしてみせる。
それから――ゆっくりと後ろに立つフィリアを振り返った。
「フィ~リ~ア~?」
「え? あ、ちょ……」
フィリアは、慌てたように少し後ずさる。
私からは見えないが――フィリアの怯え様から察するに、どうやら、セルフィスは相当お冠らしい。
水で濡れた髪を掻き上げて、逃げるフィリアの方へ詰め寄った。
「今、私のこと盾にしましたよね?」
「エ……ナンノコト」
目が泳いでるよ。
心の中でそう突っ込む。
ていうか、脂汗を垂らしながら口笛を吹いて、「私、知りません」みたいな態度をしているあたり、逆に怪しいのだ。
「とぼけても無駄ですよ?」
セルフィスは頬の端を吊り上げる。
「と、とぼけてなんかないヨ! 本当だヨ!?」
フィリアはぶんぶんと首を横に振る。
本当だヨ!? が若干上ずっているあたり、かなり動揺しているみたいだ。
「そうですか? 間違いないんですね?」
「うんうんうんうん!」
今度は上下に首を振るフィリア。
顔の動きが忙しないことこの上ない。
「なるほど。ふぁいなるあんさー?」
「イェス!」
「……わかりました」
セルフィスはゆっくりと胸元のロケットペンダントに手を伸ばしながら、フィリアの周りを半周する。
フィリアを挟んで、私とセルフィスが向きあう形となったため、初めてセルフィスの顔が見られた。
(……げ)
彼女の顔を見た瞬間、私はぞっとした。
口元だけは笑っているが――目は全く笑っていない。
死んだ魚のような目をしていて、額には青筋が立っている。
あ、これフィリアの命運は尽きたな。
そう確信する私には目もくれず、セルフィスはフィリアに向かって淡々と告げた。




