第九章5 いたずらの報復
「泣きわめいても、知らないから」
にやりと笑って、私は懐から宝石を取り出した。
宝石の種類は、サファイアーー水の魔術を行使する際の、専用触媒だ。
私が宝石を取り出すのを見た瞬間、フィリアの顔から憎たらしさが消えた。
「えっ、ちょっとタンマ! 魔術は反則でしょ!?」
「問答無用! 《珠玉法―蒼玉・水禍》ッ!」
大慌てのフィリアなどお構いなし。
私は、迷わず魔術を起動した。
刹那、サファイアの輪郭が捻れて崩壊し、生き物のようにうねる水の塊が出現。
「行って!」
人差し指を、ぴっフィリアに向けると、水の塊はフィリアめがけて一直線に飛翔する。
「流石にそれはズルいでしょ!!」
泡を食ったフィリアは、脱兎の如く逃げ出す。
しかし――残念ながら、起動している魔術の威力、形、熱量、速度などは、魔力の操作次第で自由自在に変えることが出来る。
生身の人間を追うなど、造作もないことだ。
「逃げられないよ~」
端から見たらストーカーと思われそうなくらいキモい口調で、ニヤリと笑う私。
全速力で土手を走り回るフィリアを、水の塊が追う。――どこまでもしつこく、追いすがる。
「もうッ! どこまで追いかけてくるの、この変態水風船ッ! ていうか、おにいキモいッ!」
しびれを切らしたフィリアが、不意にバッと振り返った。
振り向きざま、腰に佩いた短剣を抜き、勢いよく水の塊をなぎ払う。
――が。
相手は、ただの水。
水滴が幾つか散った程度で、水の塊は依然健在だ。
「質が悪いって! なんでよりによって、起動したのが水の魔術なのッ!」
「いや、だって……これ、報復だもん」
川に突き落とされたのだから、報復としてフィリアもびしょ濡れになってもらう。
ただそれだけのことだ。
「絶対、おにいの思い通りにはさせないから!」
「やれるものなら、やってみな!」
悪役みたいな決め台詞を吐きつつ、私は右手を振るう。
それに応じて、空中に浮いた水の塊は再びフィリアを襲った。
「このっ!」
フィリアは剣をしまい、あろうことか水の塊に向かって駆けだした。
自滅しに行ったか――?
そう思ったのも束の間、見ずに触れる直前、フィリアは重心を後ろに移動させ、体を低くする。
そのまま地面を滑って、水の塊の下をスライディングですり抜けた。
「や、やるね!」
フィリアの強みは、身軽故のトリッキーな動きと、足の速さにある。
何がとは言わないが――凹凸が少ないから、空気抵抗もないのだろう。
うん、そうに違いない。
「だけど、逃がさない!」
水の進行方向を変え、走り去るフィリアを再び追う。
みるみる詰まる、両者の距離。
フィリアの足が速いと言えど、魔術の飛翔速度には敵わない。
「勝った!」
勝利を確信した瞬間、水の塊は遂に影を捉え、弾けた。




