第九章2 真相わからず
△▼△▼△▼
耳元を過ぎる風の音で、私の意識は現在に引き戻される。
足下の草と静かな水面が、微かに波打った。
――「それは、聞かない方がいいのだ」――
呟いた声が小さかったけれど、確かにそう聞いた。
その発言を聞く限り、たぶん彼女は覚えている。
意識を失う前、自分が何をしていたのかを。
私を突き放すようにそう伝えたのは、たぶんこれ以上踏み込んで欲しくないからなのだろう。
誰にでも、知られたくないことはある。
だが、永久に壁で隔たれたままでよいのだろうか?
男としての接近は許されず、彼女があんな容赦の無い行動をした理由も知らず。
ただ平然と、彼女の側にくっついて目的地まで行くだけ。
そんな悲しいことが、あって良いのだろうか?
それに――
「なんで、あんなに楽しそうなんだろう」
私は、シェリーの様子を遠目に見ながら、誰へともなくぼやいた。
シェリーは今、笑いながら怒っている。
ようやく魚を捕まえたヘレドが、自慢げに掲げた魚が暴れ出し、その拍子に水滴がシェリーに飛んだらしい。
その仕返しにと、ヘレドに向かって思いっきり水をかけまくっているのだ。
本当に、こうして見ている分には年相応の無邪気な女の子なのだ。
だからこそ――彼女があんな行動をとったのが、気になって仕方が無かった。
何か、辛い過去があったんじゃないか?
そのせいで、人知れず苦しんでいることもあるんじゃないか?
一度考え出すとキリがない。
考えていても答えなんて出てくるわけじゃないのに、それでも考えてしまう。
そんな具合に、物思いに耽っていたから、ある人物が私の背後から近づいてきていることに気付かなかった。
「すいません、カースさん」
「ん?」
緩慢に振り返った私の視界に、腰まで伸びた白銀の髪を持つ少女――セルフィスが映った。
腰をかがめ、私の目を覗き込んでくる。
しかし、心なしか深緑色の瞳は不安げに揺れていた。
「どうしました?」
「あの……迷惑じゃなければ、側にいてもいいですか?」
セルフィスは、控えめに視線を逸らして、そう問いかけてくる。
え? ベリーオッケーです! ていうか、美少女(しかも王女様)の隣に座れるとか、断る理由がないんですけど!?
もし断るような輩がいたら、私が直々に地獄へ送り込んでやるよ!
と、いつものテンションならそう思っていただろうが。
今は、そんなことを考えていられる余裕は無かった。
「いいですよ」
私は側の地面を軽く手で払って、着席を促した。
「ありがとうございます」
セルフィスは軽く会釈をし、スカートのおしりを押さえながら地面に腰掛ける。
細い肩が、私の肩に寄り添った。
ほんのりとした温もりを感じて、ドキドキする気持ちと安堵感に挟まれる。
しばらくお互い無言の時間が流れる。
ふと、シェリーの「きゃっきゃ」という笑い声が聞こえてきたのを合図に、セルフィスがぽつりと呟いた。




