第二章12 ネイガ山脈絶対防衛戦
「ふっ。やってくれるぜバカ共が」
現場に到着すると、ロディは憎まれ口を叩いた。だが、その皮肉にもキレがない。
まあ、目前に広がる光景を見れば納得ができるというものだ。
〈ロストナイン帝国〉との国境に位置する東地区。そこは今、激しい戦闘のまっただ中にあった。
「「「「《削命法―火炎》」」」」
「「「「《削命法―霹靂》」」」」
詠唱が聞こえた直後、国境を決めるネイガ山脈の稜線の向こう側が激しく明滅した。
刹那、無数の火球と紫電が、夜空を駆けた。
闇夜を裂いて飛翔するそれらは、既に防衛に当たっている騎士達に容赦なく降り注ぐ。
「「「「ぎゃぁああああああッ!」」」」
「「「「ぬぉおおおおおおおッ!」」」」
あちこちから上がる絶叫。
為す術無く地面に昏倒してゆく騎士達。
ただ、何人かは攻撃が当たる直前に盾を構え、致命傷を逃れたようだが。
「「「「《削命法―暴風》」」」」
「「「「《削命法―暴風》」」」」
稜線を覆う闇が、ぐにゃりと歪む。
圧縮された空気が、まるで台風のように高速回転しながら、かろうじて立っている騎士達を次々に襲う。
「「「「ぁああああああああああッ!」」」」
暴風に絡め取られた騎士達は、盾ごと夜空に舞い上がり、風に舞う木の葉のように空中を二転、三転踊って、地面に叩き付けられた。
「――ちっ。騎士達の教育がなってねぇな。もう少しハードな練習メニューにした方が良さそうだ」
地面に転がっている瀕死の部下達を流し目で見ながら、ロディは忌々しげに言い捨てた。
「だけどこれ、そういう問題だけじゃないと思うよ」
「どういう意味だ」
僕は、冷静に状況を分析しつつロディに告げる。
「騎士は近接戦がメインでしょ? 遠距離からこうも一方的に魔術を使われたんじゃ、嬲り殺しにされるだけだよ」
「そう言われりゃ確かにな。くそったれが。拳銃の訓練もさせとくべきだったぜ」
「飛び道具を使う騎士なんて、聞いたこと無いけどね」
だが、冷静に考えて敵が遠距離から一方的に攻撃できるというのはフェアじゃない。
騎士は何より剣による一対一の公平な闘いを重んじると聞いたことがあるけれど、相手は魔術師だ。騎士道なんてものが通用するはずもない。
これは騎士同士の決闘ではなく、戦争なのだ。
だから、公平なんてものは存在しないのだけど……やっぱり狡い。
「さてと、一陣はもう壊滅しちまったが、ぼちぼち始めるか」
「「「「はっ!」」」」
気合いの入った声が聞こえて思わず振り向けば、いつの間にか背後に、剣と盾を構えた騎士達が隊列を組んで並んでいる。
さしずめ第二陣といったところか。相変わらず剣と盾しか装備していないが、防衛網を敷いた第一陣の二の舞は踏んで欲しくないものである。
「お前らわかっているな? 差し違えても奴らの侵攻を許すんじゃないぞッ! トリッヒの明日に日常を!」
「「「「トリッヒの明日に日常を!」」」」
復唱に沸き立つ騎士達。
だが、際限なく高まる士気に水を差すかの如く、魔術師達がまた詠唱を始めた。
「「「「《削命法―火炎》」」」」
「「「「《削命法―火炎》」」」」
山脈を紅が埋め尽くし、荒れ狂う大波となって駆け下りてくる。
「俺は先に行くぞ」
「え?」
僕に目配せをして、ロディは地面を蹴って駆け出す。
単身炎の津波に突っ込んでゆく、頼れる騎士長の背中を数秒見つめて――
「って、また抜け駆けか!」
僕のツッコミは、もう豆粒くらいの大きさまで遠ざかったロディには届いていないだろう。
「フィリア、行くよッ!」
「う、うん!」
僕達も、猪突猛進するロディを追って駆け出した。




