第八章42 シェリー、覚醒
「凱旋だ。残業はさっさと終わらせるぞ」
レイシアは、腰に下げた革袋から、真新しい宝石を取り出す。
言わずもがな――気絶させる程度に魔術を使って、無力化するつもりなのだ。
「わかりました」
私も、ゆっくりと懐へ手を伸ばす。
それを見て、男達は慌てて手を横に振った。
「おいおい、待てよ。俺達はあんたらに用があるわけじゃねぇんだ。黒髪のお嬢ちゃんの後ろにいる、そいつだよ」
男の一人が、顎をしゃくって、シェリーの方を示す。
「だから、他のお嬢ちゃん達は下がっていて欲しいんだよなぁ……」
「そんな願いが通るとでも?」
レイシアは、淡々と告げる。
盗賊だろうと魔術師だろうと、相手が敵なら私やレイシアが戦うのが筋だ。
か弱い女の子一人、嬲り殺しにされるのを黙って見ていられるような、酷い人間にはなりたくない。
だがしかし、事態は思わぬ方向に舵を切る。
「――退くのだ」
底冷えのする声が真後ろから聞こえる。
それと同時に、シェリーが私を押しのけて前に出た。
「え? ちょっと! 危ないよ……ッ」
思わず彼女を引き留めようとして、
「ッ!?」
――ぞっとした。
彼女の目から、ガラス玉のような輝きが失せている。
濁り淀んだ“何か”を映し出すがごとく、一片の光も灯さない、虚無の色を湛えていた。
明らかに、今までの彼女とは何かが違う。
全身から異質な空気を放ち、素人目でもわかるほど殺気が逆巻いていた。
その迫力に気圧された私は、前に出る彼女を引き留めようと伸ばした腕を、引っ込めてしまった。
しかし、そんな“素人目でもわかる”はずの変化に、〈すごくマヌケ盗賊団〉は気付いていないらしかった。
「お? ご本人が登場とは、景気が良いな。ものわかりのいい嬢ちゃんで助かったぜ」
にやにやと下品に笑いながら、男達はまるで挑発するかのように手招きをする。
「さあ、そのままこっちへ来るんだ。大人しく持ってる高品質の宝石を全部手渡してくれたら、命だけは保証してやる」
そんなことを宣う盗賊達へ、シェリーは幽鬼のような表情で告げた。
「お前達なんかに、渡すわけがないのだ……命の価値も、宝石の輝きも、金のためなら平気で握り潰す、下劣なお前達なんかにッ!」
「なん、だと……ッ!?」
頭の足りない盗賊達は、シェリーの物言いが怒髪天を突いたらしい。
「言わせておけば生意気な口を! ガキだからと言って容赦はしないぜ! ヤロウ共、畳んじまうぞ!」
「「「おぉおおおおおッ!!」」」
鬨の声をあげ、男達は一人孤立したシェリーめがけて、一斉に駆け出す。
彼等の手に握られているのは、バタフライナイフに、小型の手斧、短剣などだ。
魔術などに比べれば威力は格段に低いが、それでも殺傷能力は十分な近接武器だ。
「危ないッ!」
私は思わず、悲痛な叫びを上げるが。
「――遅いのだ」
シェリーは、ぼそりと呟いて。
――次の瞬間、彼女を狙って、男の持つ手斧が振るわれた。




