第八章36 寝相が悪すぎるフィリア
さっき、ヘレドは言っていた。
――「頼みがあるのです。私の主様……シェリー様の前で、決して男性の姿にならないでください」――
私は、男になって彼女に接近するのを禁止されている。
つまりヘレドが危惧しているのは、あくまで私という存在がシェリーにとって“気になる異性”となる事態なのだ。
だったら。
「気になる同性になっちゃえばいいじゃん!」
嬉々として叫んだ。
異性としての恋愛は事務所NGだけど、同性としての恋愛は別に禁止されていない。
であれば、百合はOKということだ。
なんか小狡い考え方な気はするけど、これでいい。
レッツ百合百合!
IQ二〇の決意を胸に、意気揚々とテントへ向かう。
――しかし、この時の私は知らなかった。
ヘレドのこの発言には、ある別の重大な意図が隠されていたことを。
それに気付いたとき、私の運命は大きく変わっていることを。
今、このときの私は、恋の決意に浮かれて、考える由もなかったのだ。
△▼△▼△▼
その日の夜は、ヘレドを一人残して、女子サイドのテントで眠った。
そこそこ幅のあるテントも、五人で横になったら、想像通りぎゅうぎゅう詰めになった。
そんなこんなで、寝間着姿の美女がすぐ側にいるという状況は、興奮待ったなし――と思ったのだが、意外にもそんなことはなかった。
王国を出る前、テレサやフィリアと添い寝したことで、ある程度免疫が付いたらしい。
心拍数は多少上昇するものの、昂ぶる気持ちをコントロールできるようになっていた。
故に、わりとすんなり眠りにつくことができたのだが――
どごっ!
「痛ぁ!」
突然頭に鈍い衝撃がきて、目覚めてしまった。
「なに……もう」
暗闇の中、きょろきょろと辺りを見回すと、すぐ側にフィリアの足があった。
見やれば、フィリアが掛け布団をはいで、大の字に手足を伸ばしている。
なんという寝相の悪さだろうか。
「はぁ、もうしょうが無いなぁ……」
渋々(しぶしぶ)フィリアを布団の中に引き戻そうとするが、なにぶん女性の身体ではあまり筋力がないという欠点が存在する。
小柄で比較的体重の軽そうなフィリアであっても、布団に戻すのは一苦労だ。
「う~ん、ちょっと重い」
女子に対して言っちゃいけない台詞、ぶっちぎりナンバーワンの一言をぼやきつつ、私は一生懸命フィリアの身体を引っ張る。
しかし――
(だめだ。やっぱ動かない)
こうなったら――
「―《男》―」
ぼそりと呟き、性別をチェンジ。
溢れるぱぅわー☆を用いて、ぐいっとフィリアを布団の中に引っ張り込む。
「これでよし」
一件落着だ。
そう思った矢先――事件が起きた。
「……ぅ、ん。あれ、おにい?」
なんと、フィリアが目覚めてしまったのだ。




