第八章35 恋愛は事務所NG!?
「単刀直入に言うと、私にとって都合が悪いからです」
ヘレドは未だに後ろを向いたまま、抑揚のない口調で言った。
「都合が悪いんですか……」
私は、ヘレドの言葉を反芻する。
一体、どういう方向で都合が悪いのだろうか?
すると、私の疑問を察したかのようにヘレドが答えた。
「まあ、側にモテる方がいると、いろいろと面倒なことになりそうですから」
「いやぁ……モテるなんて、そんなことないですけど。というか、ひょっとしてヘレドさん、シェリーのことが好きなんですか?」
「いえいえ、まさか」
表情は見えなくとも、頬を微かに吊り上げるのがわかった。
もっともそれが、図星ゆえの言い訳か、それとも本当に恋愛感情を抱いていないのか、定かでは無いが。
「ただ、主様は、宝石加工に命を賭けておいでです。そこに、貴方のように、顔も性格もイケメンな人物が介在すると、彼女の集中が乱されてしまう。私は、彼女の宝石に対するひたむきな心を支え、守りたいのです」
「それって、結局シェリーのことが好きってことなのでは……?」
「ですから、そうではないと申し上げているではありませんか」
苦笑しながら、ヘレドは答えた。
結局、彼がシェリーに好意を寄せているのかわからなかったが、信頼と尊敬の念を抱いているのは確からしい。
天才宝石加工職人の助手という形でシェリーの側にいる彼が言う意見としては、至極当然と言えた。
もし仮にシェリーが私に好意を寄せてくれたとすると、宝石加工職人としての仕事に身が入らなくなる可能性があるのだ。
恋は盲目なんて言葉もあるが、これは、“時に恋をすると、人は理性を失ってしまう”という意味である。
そもそも、恋愛感情なんて、あらゆる感情の中で一番理性の効きにくいものだ。
職人としてのシェリーを維持するために、助手がサポートするのは、決して可笑しな話じゃない。
故に――
「わかりました。シェリーがしっかり職人としての仕事に集中できるよう、最善を尽くします」
私は、意を決してそういった。
「ありがとうございます! どうかよろしくお願いします」
ヘレドは初めてこちらを振り返り、満面の笑みで笑った。
その笑顔の端に、滲み出る陰りの色が見えた――ような気がした。
しかし、私にはそのわけを問い詰める精神的余裕はなかった。
「では、話は以上になりますので、失礼します」
「あ……は、はい」
踵を返して立ち去るヘレドを、ただ見つめることしかできなかった。
やがて、ヘレドの姿が見えなくなると、私は思わず叫んでしまった。
「うっそぉおおおおおおおおおお~!」
頭を抱え、その場に蹲った。
甘い土の香りがすぐ側まで迫るが、混乱する気持ちを落ち着けるには、リラックス効果が足りなすぎる。
なにせ――
「なんでぇ……あんな可愛い子と恋愛禁止!? 何その罰ゲーム!? 神様ぁ、頼むから嘘だと言って!!」
この世界での目標の一つは、恋愛しまくることだ。
なのに――シェリーというアイドルの恋愛は、ヘレドという事務所によって制限されてしまっている。
控えめに言ってツラい。
ツラすぎる。
そんなこんなで、一人悶絶していた私だが――ふと気付いた。
この話には、ある盲点があるということに。




