第二章11 兄弟愛(笑)
「何か起きたんでしょ?」
急いで着替えて、廊下を足早に歩きながら前を行くロディに問いかける。
「ああ、起きた。とんでもなく厄介な事態がな」
「厄介?」
「そうだ」
そう答えるロディの声色は、心なしか微かに強ばっているように感じた。
「〈ウリ―サ〉の魔術師団が押し寄せてきた。過去類を見ない大群で、だ」
「なっ!」
一瞬耳を疑った。
初陣で僕達が相対した魔術師はざっと十人程度だった。それでも、街は崩壊しかけ、殺された人々も決して少なくは無かった。
――だというのに。
今回は、大群。
大群。すなわち、いっぱい。
一体どれほどの物量で攻めてきているのかは定かでは無いが、とにかく相当マズい状況であるということはわかる。
「勢力分布は、どうなってるの?」
「北側の国境と西の港に、同時に現れた。我々、王国騎士団と王宮魔術師団がそれぞれ応戦に当たってるが……防衛に当たっている隊員の話じゃ、待機中の連中も総動員せねば守り切れないレベルらしいぜ?」
あ、それガチめにヤバいやつじゃん。
「とにかく急がなきゃね」
「おうよ、相棒!」
ロディは力強く返した。
「ところでフィリアは?」
「先に準備して王宮の入り口で待っているよう伝えてあるぞ?」
「えぇ……」
僕は思わずそうこぼした。
すると、ロディが少しだけ振り返って問うてきた。
「何か問題があんのか?」
「いや、フィリアを一人にして大丈夫かなと」
「ははっ、あいつ危なっかしいもんな」
ロディは軽く笑い飛ばした。
いや、笑い事じゃないんだけど。
フィリアのことだ。どうせ王宮の中で迷子になっていることだろう。
「まあ、あんま心配すんな」
そんな僕の心中を知ってか知らずか、ロディは妙に緊張感のない声で言った。
「どうしてさ」
「迷子になっても、ちゃんとお前のとこに帰ってくるからだ」
「……それ、何の根拠があって言ってるの?」
「そりゃあ決まってるだろ? 兄弟愛だ」
「…………それ、根拠になってないけど」
「なってるだろうが」
ロディはこちらを振り返る。野獣みたいな口元は、不服そうに歪められていた。
「いいかよく聞け? お前がSだ」
「はぁ?」
「そんでもって、フィリアがNだ」
「……はぁ」
いや待てなんの話だよ。
それを聞く暇もなく、ロディは饒舌になって語る。
「兄弟ってのは相思相愛だ。つまり、お互いの間に引き合う力が働く。SとNは離れていてもくっつく。そういうことだ。わかったな?」
「……うん。とりあえず、僕達を磁石に例えてるってことだけは」
わかりにくいから、最初に磁石のSとNだと言ってくれ。
「んだよ察しが悪いな。どんだけ離れていても、お前らが兄弟である限り、フィリアはお前に引き寄せられて、ちゃんとお前の元に戻って来るってことだ! どうだ、説得力がありすぎるだろう?」
「うん……(マイナス方向にね)」
心の中でそうつけ足した。
説得させるための論理が破綻していることに、本人は気付いていないらしい。これでは、最早ツッコミを入れる気も失せるというものだ。
(まったく。そんな滅茶苦茶な理屈でフィリアが来るわけが――)
「あ、いたいた!」
突然、後ろから聞き馴染んだ声がして、反射的に振り返った。
まさかの、フィリアがいた。
何故か、今歩いてきた道――王宮の出口とは正反対の方向に立っている。
「もうロディさん! 王宮の出口が何処かくらい、ちゃんと言ってよ」
「おう悪ぃな」
「悪ぃな、じゃないよ。フィリア迷っちゃったじゃん。おにいの気配を感じて、会えたから良かったけど」
あからさまに不満そうに眉を吊り上げるフィリアと、悪びれもなさそうに謝るロディを交互に眺めて、内心僕は驚いていた。
まさか本当に向こうから来るとは。しかも気配を感じて会えたとか言ってるし。
信じられないけど……これがロディの言う兄弟愛なのか?
「ねぇ、おにい。何驚いたような顔してるの?」
「え? いや別になんでもないよ」
「そう? ならいいけど」
「それより、早く行くぞ。わかってんだろうなお前ら。今回は過去例を見ない激戦になるぞ」
微かに声のトーンを落としたロディの一喝に、たちまち場が引き締まる。
そうだ。今は一刻を争う状況なのだ。談笑している暇は……ない。
「行こう、東の防衛地区へ」
「おう」
「うん」
顔を見合わせて頷き合い、僕達は王国騎士団が抑える東の防衛戦へ急いだ。




