第八章32 ことわざの知識
刹那、四つの宝石がレイシアの手から離れ、宙を舞う。
それらはトンネルの端に落ち、それと同時に宝石が割れて、蔦が生えてくる。
翡翠一つ当たり、四本の蔦が生えてくる魔術であるため、数としては四×四で一六本。
その大量の蔦が、地面を、壁を、天井を。
縦横無尽に走り回り、互いに絡みつきながら、編み目のように巡ってゆく。
無数にトンネルの内側を這い回る蔦が、今にも落ちてきそうな天井を支え、壁を覆い尽くし、トンネルが崩れるのを瞬く間に防いだ。
「す、すごい……ッ!」
「ふん。この程度朝飯前だ」
思わず感嘆の声を漏らした私に、レイシアは鼻を鳴らして答える。
一見不機嫌そうなそれも、照れ隠しの証拠だ。
「えー? まだ朝食までかなり時間あるけど?」
「いや、朝飯前ってそういう意味じゃないから……」
言葉をそのままの意味で捉えてしまったおバカフィリアに、呆れながら突っ込む。
「ほら。道も開けたし、さっさと行くぞ。おそらく、ナルギスが首を長くして待っている」
「゛うぇ!? ナルギスさんてキリンさんだったの!?」
「だからそういう意味じゃないって!!」
首を(物理的に)長くするってなんなの。
ろくろ首なの?
ため息をつきつつ、私はレイシアに質問をぶつけた。
「そういえば、ナルギスさんとは別れて私を探しに来たんですか?」
「ああ。倉庫に着いた辺りで、貴様がはぐれたことに気付いてな。全員で探そうと提案されたんだが……カースを見つけてから、倉庫に戻って宝石の選定をするのでは、あまりにも時間を食ってしまう」
レイシアは、均等な速度で歩きながら、機械的に話を続ける。
「だから、貴様を探しに行っている間、ナルギスに宝石の選定を任せたのだ。ヤツは今倉庫にいる」
「すいません。本当は、レイシアさん自身が魔術触媒として使う宝石を、選びたいはずなのに……迷惑をかけてしまって」
「気にするな。宝石の選定などより、貴様の命の方が最優先だ。それに……余も今まで、貴様にはいろいろと助けられたからな。だから、その……ありが、とう」
最後の言葉は、聞き取れるか聞き取れないかくらいの、小さな声だった。
恥ずかしい中で絞り出しだ、精一杯の言葉なのだろう。
誰かに感謝を告げる言葉なら、恥ずかしがる必要などないのだ、本当は。
けれど。
彼女が、他人を頼り、背中を預けるという新たな道を、おっかなびっくり進み出したばかりだということを、私はよく知っている。
だから私も、彼女の声の大きさに合わせるようにして、「どういたしまして」と答えたのだった。
△▼△▼△▼
――ほどなくして、ナルギスの待つ倉庫までやって来た。
「お待ちしておりました……」
倉庫の前で出迎えたナルギスだが、帰ってきた私達を認識した途端、目を丸くした。
「あー……何やら、ここに来る前より人数が増えているようですね」
「そうなのだ! お久なのだ!」
勢いよく挨拶をするシェリー。
まあ、なんとなくはわかっていたが、ナルギスと面識があるらしい。
「これはこれは。実に半日ぶりですね、宝石加工職人殿」
(半日ぶりなのかい!)
心の中で突っ込む。
久しぶりなんて言うから、半月ぶりとかじゃないのか……
「皆さんも、よくぞお戻りになられました。ここの採掘場は迷路のようなものですからね。行って帰ってくるだけでも、随分と骨が折れたでしょう?」
ナルギスが、相変わらず好々爺然とした表情で、私達に告げてくる。
「だいじょうぶ! フィリア、別にどこも骨折してないよ!」
「だからもう~以下略!」
毎度の如くことわざの知識が壊滅的なフィリアに、もはやツッコミを入れるのも疲れてしまうのであった。
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