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第二章10 驚異の胸囲

「うわぁ。いつ見ても広いなぁ」


 全身素っ裸になって、湯気の立ち上る浴室に入った僕は、感嘆の息を漏らした。

 王宮には、王国騎士団員専用の巨大な大浴場がある。

 大理石をふんだんに使った浴槽が、広い浴室にいくつも並んでいる。

 単純温泉を初め、水風呂、泡風呂、硫黄泉、二酸化炭素泉、露天風呂まで。

 奥の方にはサウナもあり、さながら高級温泉のようだ。


 王宮って凄い。

 初日にこの大浴場に来たときは、文字通り度肝を抜かれたものだが、ようやっと見慣れ始めてきた。

 大理石の床の上をひたひたと歩くたび、静かな空間に反響する。


 ロディの言っていたとおり、時間的に他の利用者はいないようだ。

浴場の端まで来た僕は、シャワーを手に取り、カランを捻った。

 熱いお湯が全身に当たって流れ落ち、疲れも一緒に落としてくれているかのような錯覚に囚われる。


「ふぅ……」


 僕は思わず息を吐いた。

 湯煙でくぐもる視界の先には、鏡がある。 

 それが映すのは、もちろん男の身体。


 決して筋骨隆々というわけではなく、どちらかというと細身な方だろう。だが、硬く引き締まった腕や足、浮き出た腹筋なんかは、紛れもなく男のソレだ。


「そうか、僕は元々《女》だったんだよなぁ」


 ふと、転生前の自分を思い出して口元をほころばせ――同時に白い煙が目の前を覆った。


「なにこれ?」


 湯煙なのか? だとしたら少し濃すぎる気もする。

 そんなことを考えている内に、視界が晴れた。

 鏡に映る自分の姿が、再び露わになる。


「……はふひぃ?」


 今世紀一番の間抜けな声を上げてしまった。

 なんか、鏡に映る自分のフォルムが違う気がする。細くさらさらの長髪。絹のように滑らかな細腕。豊かな胸の双丘。胸元から腰にかけては細いくびれがあって――


 そのあまりに受け入れたくない現実を目の当たりにして、僕の思考が停止する。

 ただシャワーから出る湯だけが、時間の歯止めを逃れて曲線を描く胸や腰を流れ落ち。

 

 ――「いや……前言撤回だ。女だと思う……というか、女に見えるんだが」――

 

 先にレイシアの言った言葉が、無慈悲に脳内をリフレインして。……やっと、僕の思考が事態に追いついた。



「えぇえええええええええッ!? 《女》ぁああああああああああ!?」


 甲高い叫び声が、浴室内にキンキンと木霊した。


(ちょ、ちょ、ちょっと待って!?)


 パンパンパンッ!

 僕は自分の頬を叩く。これは夢か!? 幻覚か!?

 お湯をかぶると女になるとかいう、新手のマジックショーか? いや待て、その設定どっかで聞いたことが……って、そんなこと考えてる場合じゃなくてッ!


 何かの間違いじゃないかと信じたくて、僕は胸に出来た双丘を叩く。

 ぽにょん。

 柔らかい弾力があって、僕の手は跳ね返された。


「いやぁあああああああ! おぱいがぁああああああああッ!」


 おぱい=女の証。

 そんな当たり前のことを認めざるを得なかった僕は、きゃんきゃん喚き立てるしかなく――


「僕、ホントに《女》になっちゃったの……?」


 この世界に男として転生した、あの感動を返してくれよぉ。

 心の中でさめざめと涙を流し、僕はその場に崩れ落ちた。


「なんで……《男》になれたって、喜んでたのに……こんなの。こんなのぉ」


 力なく呟いた、そのときだった。

 バァアンッ!

 突如、大浴場に続く扉がものすごい音を立てて開かれた。


「おい、カースいるか!?」


 切羽詰まった男の声が飛び込んでくる。

 「男は堂々としているもんだろ!」そう言っていながら大体いつも慌ただしいこの男の声を、聞き間違えるはずもない。


「いるよ、ロディ」


 僕は、後ろを振り返って言った。


「おお、いたか。大至急来い。大変だ!」

「大変なのはこっちだよぉ」 

「何がだ?」


 足早にこちらへ近づいてきたロディは、首を傾げる。


「何かって、見りゃわかるよ。僕の身体が、身体が……ッ!」

「身体がどうしたって?」


 すぐ近くまできているのに、ロディはまだ僕の身体の変化に気付いていないらしい。


「えぇ? わかるでしょ! 僕の身体が……ッ!」


 どんだけこいつ鈍いんだよ。

 そう思いながら、鏡の方を向いて……唖然とした。

 そこには、今までと変わらない「男」の姿の僕が映っていたのだ。


「だから、身体がどうしたんだよ?」

「……いや、なんでもない、みたい」


 そう答えざるを得なかった。でも……ただの錯覚ではなかったはずだ。だって確かに、胸の弾力をこの手で感じたのだから――


「なんでもないならいい。それより大変だ。早く来てくれ!」


 ロディの、いつになく逼迫した声で、僕は我に返る。


「そうだった。何が起きたの?」

「いいからついて来い。歩きながら話す」


 そう言って、踵を返すロディ。事態が呑み込めぬまま、僕はロディの後を追った。

 


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[気になる点] 果たして性別が変化する条件とは一体何なのか!? 超絶期待しちゃいます!!!
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