第八章21 カースちゃんは迷子です?
――てっきり洞穴の中は真っ暗かと思っていたが、そんなことはなかった。
壁には一定間隔でランプが吊されており、中のろうそくが赤々と燃えている。
しかし、トンネルの中特有の侘しさと、時折吹き抜ける風が、妙に鼓膜を刺激するから、どうにも怖気を感じる。
肝試しに使ったら、さぞかし盛り上がることだろう。
「薄気味悪いけど、明るいから、怖さは薄れるね」
フィリアがふと、そんなことを言った。
良く通る声が、山肌がむき出しになったトンネルに反響する。
「工作員がよく出入りする場所ですからね。この先に枝分かれしているトンネルでも、足下の安全は確保しております」
「じゃあ、全体的に安全なんだね」
ナルギスの言葉を鵜呑みにしたらしく、フィリアは笑顔で言った。
だが、冷静に考えてそんなはずは無い。
中学の社会科で習ったが、産業革命期には多くの子ども達が危険な炭鉱で重労働をさせられ、幼い命を奪われてしまった。
同様の話は、一八〇〇年代の日本でも起きている。
案の定、ナルギスはフィリアの言葉に対してNOを示した。
「この辺はまだ大丈夫です。しかし、今現在掘り進めている、ここより更に地下の場所は、トンネルの幅も狭くなっている上に、明かりも少数しか配置できていません。加えて、落盤も十分にあり得ます。昔に比べれば、事故の件数は減っていますが――未だ危険と隣り合わせの職場であることに、変わりありません」
「そ、そうなんだ」
フィリアは、気まずそうに口を噤む。
そのとき、セルフィスが何かを見つけたように「あ」と声を発した。
「どうされました?」
「いえ、今天井の一部が光った気がしたものですから」
セルフィスの言葉に釣られ、私も天井を見る。
なるほど。
確かに天井に、きらりと赤く光るものがある。
よくよく見渡せば、他にも青や白の光が、ところどころにあった。
歩く度、キラキラと光の具合を変えるから――たぶん、光源から発せられた光を反射しているのだ。
とすると、それらはおそらく。
「宝石かな」
「はい、そうです」
ナルギスは、私の発言に頷き返した。
「添乗のところどころに、宝石が露出しているんです。このトンネルは、沢山の宝石が出てくる鉱脈に沿っているので」
「どうして宝石をとらないの? 単純に綺麗だから、オブジェにしてるの?」
宝石に勝るとも劣らないキラキラした目で天井を見つめるフィリアが、口を挟む。
「いえ。天井を削って下手に掘り出すと、落盤を招く恐れがあるからです。天井の宝石を掘り出せば、幾ばくかのお金にはなるでしょうが――危険を冒してまで採るほどのものでもないでしょう。宝石の輝きを、命の輝きに代えることはできません」
さらりと名言を残し、ナルギスは言葉を付け加えた。
「さあ、倉庫はもうすぐです」
△▼△▼△▼
――しかし、ここで思わぬトラブルが発生した。
数分後。
私は見知らぬ場所に立っていた。
トンネルの幅は先程とは比べものにならないほど狭く、照らす明かりもまばらにしかない。
地中深いのか、少し気温も低い気がする。
そんな場所で、私は叫んだ。
「ちょっとぉおおおお! ここはドコですかぁあああああ!?」
悲壮な叫びが、真っ暗な中で反響する。
要するに――私は迷子になってしまっているのだ!




