第八章19 出会いの予感? ヘレド登場
「――申し訳ない、誰か来たようです」
ナルギスは両手の平をあわせる。
それから、テントの方を振り向いて言った。
「誰だ。今は大事なお客様と話をしているところだ。用があるなら早急に済ませてくれ」
「了解しました」
気味の悪いくらい丁寧に応じて、男は入ってきた。
――まさに、眉目秀麗という言葉が相応しい人だった。
丁寧に整えられた抹茶色の髪に、やや小さめながら理知的な光が灯った、赤紫色の瞳。
それを際だたせるように、大きな丸眼鏡をかけている。
しかし、それらとはまるで不釣り合いと思えるほど、彼が着ているダーク・ブラウンのジャケットやインディ・ブルーのズボンは、煤や土埃(つちぼこり」で汚れていた。
ついさっきまで、鉱山にいたであろうことが一目瞭然だ。
「ああ、貴方でしたか……」
その男を見たとたん、ナルギスは採掘員リーダーとしての威厳を緩め、それからやや気怠そうに応じた。
「一体、なんの用件でしょう」
「主様に頼まれて、これを持って行って良いか聞かれました」
男は、ナルギスのところまで歩いて、ポケットから何かを取り出した。
それは――二つの宝石だ。
輝きが見えない辺り、掘り出したばかりの原石だろう。
ナルギスはそれらをちらりと一瞥して、ふん、と鼻を鳴らした。
「トパーズにサファイアですか。……サファイアは《珠玉法》で触媒として使用するから、本来ならば断りたいところですが……まあ、一つならばいいでしょう」
「ありがとうございます。主様もお喜びになるかと」
言葉の割に、淡々とした口調で告げて、男は踵を返して去って行った。
その間際。
ふと彼と目が合ったのだが、その瞬間。
にやりと、口元を微かに歪めて笑った――ような気がした。
そのワケを確かめる間もなく、男はテントを出て行った。
「はぁ……まったく。相変わらず主様とやらの目は肥えているな。ピンポイントで高品質の原石を持って行くのだから」
呆れ半分、尊敬半分といった雰囲気で、ナルギスは呟く。
やり取りを見ていた感じ、彼との関係を何か知っていそうなので、私は問い詰めることにした。
「今の、一体誰なんです? 話を聞いていたところ、どうやら鉱山の職員では無さそうですが」
「ああ、彼ですか。カースさんの言うとおり、彼はここの人間ではありません。確か名前は――ヘレドと言いましたかね。〈リラスト帝国〉で名を馳せる、宝石加工職人の助手といった立場です」
「宝石加工職人の助手ですか……とすると、主様と言っていたのは?」
「ええ。お察しの通り、宝石加工職人のことです。〈リラスト帝国〉から、遙々この鉱山まで、原石を調達しに来ているのです。今、採掘場の奥で原石を掘っているらしく、気に入った原石を持ち帰ってよいか私の許可を取るために、助手に渡してここまで来させたのかと」
「えっ。じゃあ、加工職人自らが、鉱石掘りをしてるんですか!?」
「はい」
私は、思わず感嘆の吐息を漏らしてしまった。
なんという、プロ意識の高い人だろうか。
高級なお寿司屋さんの職人が、ネタで使用する魚を魚市場で直接見定めるのは聞いたことがある。
しかし、今回の事象をそれに当てはめるなら、職人が自ら海に出て、魚を釣るところからしているようなものだ。
前いた世界の言葉で表すとすれば――“ひとり第六次産業”と言ったところか。
何から何まで自分の納得したものを作りたいに違いない。
そういう人は、大体プライドが高く小難しい人と、相場が決まっている。
どんな人かは知らないけど――会わない方がいいと、直感で思ってしまった。
しかし、私は今、一時的に忘れてしまっていた。
――そもそも、この鉱山に来た目的が何か、ということを。




