第八章18 レイシアの紅潮
「え、え~とぉ……」
私は、質問の内容に悩むとかいう、ちょっとマヌケな状況に陥ってしまい、しどろもどろに言葉を発する。
「質問したい」とこちらから言っておいて、一向にその質問をぶつけられない状況に対し、ナルギスは流石に疑問を抱いたようで、訝しむような表情を向けてきた。
(あ、これ早く答えないとマズイ)
私は冷や汗をかくが、焦っているときに限って頭が回らないのは、人間という生き物の性だ。
途方に暮れて目を泳がす。
が、その結果図らずもレイシアと目が合ったことで、その場しのぎの質問を思いつくことに成功した。
「あ、あの。レイシアさんのことをお慕いしている様子でしたが、二人は一体どういうご関係で?」
「ああ、それですか。まあ、どういう関係かと聞かれても、それほど深い関係ではありません。ただ、王宮魔術師団の総隊長であった彼女と、この採掘場の指揮を任されている私とでは、業務的な話をするためにお話しすることが、何かと多かったのです」
「なるほど、そうでしたか」
私は、とりあえず頷いて見せた。
魔術師団のトップと採掘チームのリーダーでは、確かに面識があってしかるべきだ。
しかし、同時に解せないこともあった。
「でも、それだけでは、慕う理由にはならない気もするのですが……むしろ、お互いに打ち解けてタメ口で話す仲になっていても、おかしくないのでは?」
「おっしゃる通り。実は知り合ってすぐ、お互いにタメ口で話す関係まで進展したのですが――それからしばらくして、帝国の雲行きが怪しくなり、〈ウリーサ〉の活動が激化したのです。その影響は当然この場所にも及んで、戦う術を持たない採掘員達が襲われました――」
ナルギスの話し方に、徐々に熱が籠もってくる。
セルフィスを助けるためにテキトーに聞いた質問で、随分長い話になってしまっているな。
そんなことを思いながら、ナルギスの話に耳を傾ける。
「――そのとき、不幸中の幸いというべきか。運良く、鉱山を守護する少数の王宮魔術師団の中に、レイシア様がいらしたのです。彼女の指揮は的確で、しかも仲間に指示を飛ばしながら、常に前線に出て戦っていたのです。焦りもなく、堂々とね。それを近くで見ていた私は、もう感服してしまいましてね。一目で惚れてしまったのですよ」
「ふん。それは言い過ぎだろう」
レイシアは、鼻を鳴らす。
それは、どこか照れ隠しのようにも聞こえた。
たぶん昼間に、レイシアが話していた「〈ウリーサ〉が攻めてきたとき、最前線で指揮を執ったことがある」というのは、きっとこのことなのだろう。
「まあとにかく、その一件があってから、テレサさんにすっかり心奪われてしまったと――そういうわけですね」
「その通りです。採掘員の命を守っていただいた、そのご恩もあって、私だけに限らずこの鉱山で働く者は皆、レイシア様をお慕い申し上げているのです」
「余としては、すべきことをしただけだから、慕われるいわれは毛頭無いんだがな。ここへ赴く度に「様」などと大仰な敬称をつけられて、甚だ迷惑している」
「そう言う割に、ちょっと嬉しそうだね」
「だ、黙れ!」
不意に口を挟んだフィリアに、レイシアは早口で言い捨てる。
だが、図星だったらしく、彼女の耳は先っぽまで赤くなっていた。
、
たぶん、「レイシア様」などという仰々しい言い方をされて、くすぐったいのだ。
「まったく。お陰で、ナルギスとは最初タメ口で呼び合っていたのに、いきなり「これからは是非敬語でお話をさせてください!」などと言ってきおって。こちらが許可する前から、既に敬語になっていたのだ……」
レイシアは、心底疲れたようにため息をついた。
「良いではありませんか。レイシア様にタメ口など、恐れ多くてできません」
「貴様等はそれでいいかもしれんがな――」
レイシアは、文句を言いたそうに口を開いた――そのときだ。
「すいません。失礼してもよろしいでしょうか?」
不意に、テントの外から若い男の声が投げかけられた。
メロンのように甘い、不思議な魅力を持つ声だ。
一体、誰なのだろうか。




