第八章17 疑いの目で見るの、やめてもらえません?
「――飲み込みました! 大丈夫ですよ」
迫真の「飲み込みました!」を言った後、セルフィスは椅子に腰掛けたまま、一歩身を乗り出した。
「それで、聞きたい事ってなんでしょう」
「いえ、大したことはないのですが……突然、本物の王女様がどうしてこのようなところに来られたのか気になったもので」
「なるほど。当然と言えば当然のご質問ですね」
見かけ、セルフィスは、真摯にナルギスに向きあっている。
しかし、私は気付いていた。
彼女の額にはびっしりと汗が珠になって浮かんでいる。
無意識の行動だろうか?
彼女は、小刻みに震える手を、フィリアの手に重ねていた。
フィリアは、そんな彼女を受け入れるように、優しく手を握っている。
(……怖いんだ、やっぱり)
もう、幾度となく見てきた彼女の姿。
彼女がトラウマを克服するために、この旅への同行を勧めたけれど――正直、自分が正しい選択をしたのか否か、定かではない。
けれど、彼女は彼女で、自分の中の恐怖と戦うように、一語一句丁寧に答えた。
ある事情から、王国を離れ、旅をしていること。
その過程で、レイシアが宝石の補給をするためにこの鉱山に寄りたいと言ったので、ついてきたことなど。
震える手とは裏腹に、言葉には一切の淀みがなかった。
翠玉色の瞳は力強さに満ちており、動揺の色は見えない。
こういうところは、さすが芯の強い御方だと思った。
「――だいたい、こんなところですかね」
話し終えると、セルフィスはふぅと小さく息を吐いた。
お疲れ様、と心の中で呟いた。
「そうでしたか。レイシア様の寄り道のついでに……いやはや、尊敬するお二方に同時に会うことができて、光栄です」
感極まったように、ナルギスは言う。
「そうだ。せっかく王女様に会えるまたとない機会ですし、もう少しお話をしたいのですが――」
あ、それはまずい。
私は直感でそう判断し、反射的に口を開いた。
「それもいいですけど、今度はこちらから質問してもいいですか?」
「えっと……君は?」
話の流れを止められて、やや不機嫌そうな表情で答えるナルギス。
「あ、カースといいます。そこにいる金髪の女の子の姉です」
「何言ってんのおにい。おにいはフィリアのお兄ちゃんでしょ?」
「お兄ちゃん? ということはひょっとして、君、女装癖が……?」
「ありませんありませんッ! 誤解もいいところですッ!?」
ヤバい奴を見る目で睥睨してくるナルギスに慌てて返し、私はフィリアを睨む。
「フ ィ リ ア ? 頼むから、ちょっと静かにしててね~?」
「う、うん。わかった……」
流石にたじろいだらしく、フィリアは口を噤んだ。
「それで……カースさんとやら、一体聞きたい事とはなんでしょう?」
誤解が解けたのかはわからないが、とりあえず話を聞く気にはなってくれたらしい。
ほっとしたのも束の間。
ここで問題が生じた。
セルフィスを救うために「質問がある」と言って話を逸らしたはいいが、肝心の聞きたいことを、何も考えていなかった。
――ど、どど、どうしよう。




