第八章16 もてなしの鉱員飯
「ささ、どうぞこちらへお掛けになってください」
「失礼します」
ナルギスに促されるまま、私達はテントの中に横たえる長テーブルに腰掛けた。
ナルギスは、半ば急ぎ足でテントの幕を上げて再び外へ出て行く。
たぶん、もてなしの準備をしてくれているのだ。
気を遣わせてしまって、申し訳ない。
テントの中には、二人、中年の男性がカップ片手に話していた。
奥の方に小さなベッドが三つあるあたり――ここはナルギスと他二人が寝泊まりする場所なのだろう。
他に目立つものを挙げれば、このテーブルと小さなランプ、素人目にはよくわからない機械くらいのものだろう。
なんとまあ、味気も色気もない空間だろうか。
とはいえ、煤や土煙で汚れる仕事をしている者達の居住スペースとしては、かなり清潔に保っている方だと思った。
「温かいお茶と、それから、余った夕食がありましたので、こんなものでよければどうぞ」
そこへ、ナルギスが戻ってきた。
両手に抱えたプレートには、湯気の立つカップが四つと、大きめの鍋のような器が乗っかっていた。
「その、大きいのはなんですか?」
「あり合わせで作った、簡単な料理です。一応この国では、ソホークと呼ばれています」
私の疑問に答えつつ、ナルギスはプレートをテーブルの上に置いて、鍋の蓋を外した。
とたん、白い湯気が一気に解放され、やんわりとした香りが鼻腔を刺激する。
そういえば、今日は一日中歩き続けて、まだ何も口にしていなかったっけ。
美味しそうな香りに誘われて、自然とお腹がくぅ~と鳴る。
ちょっと、恥ずかしい。
鍋の中身を見ると、お米や山菜、イノシシの肉など、具材がたっぷり入っている料理だった。
上手く言えないけど――山で採れる食材で作ったパエリアといったところか。
「美味しそう……」
「ええ、見た目は多少ごちゃごちゃしていますが、味は格別ですよ……もっとも、残りがこれだけしかなくて、四人でわけるには少し足りないかも知れませんが」
申し訳なさそうに、ナルギスは言う。
確かに、彼の言うとおり鍋の大きさからしてせいぜい二人分くらいの量しかない。
けれど、こんなに素晴らしいもてなしをしてくれるだけで、十分だ。
「いえ、気にしないでください。むしろ、こんなに美味しそうな食事をいただけるなんて、感謝しかないです」
「そうそう! それに足りなかったら、フィリア達が持ってきたなけなしの缶詰とか食べて――ぐむぅ!」
何やらとんでもない台詞を言い出したフィリアの口を、慌てて塞ぐ。
「変なこと言わない! ナルギスさんが負い目を感じるでしょうが!」
フィリアが頷いたので、手を放してやった。
まったく……缶詰はまだそれなりにあるから、全く以て「なけなし」ではない。
「とにかく、いただきましょう。せっかくの料理が冷めてしまいます」
セルフィスの言葉に頷き、私達は夕食タイムへと洒落込んだ。
――。
ソホークを一口、口に運べば、たちまち様々な食材の風味が、口の中を駆け巡る。
キノコやニンジン、イノシシ肉など、前の世界でも見慣れたものから、こっちの世界に来て初めて知ったマイランやシシーバという野菜まで。
ありとあらゆる食材の味と香りが、好き勝手に飛び回る。
一見、バラバラに見えがちだが、そこをククの実やクミンといったスパイスで上手い具合にまとめ上げ、全体の味を引き締めている。
漁師飯ならぬ、鉱員飯といったところか。
山で働く者達ならではの、スタミナがつく料理を味わっていると、不意にナルギスが、セルフィスに話しかけた。
「食事中申し訳ないが、王女様。一つお聞きしたいことがございます」
「――ッ! ひょっひょまっへくはさい(ちょっと待ってください)」
そのとき、タイミング悪く、セルフィスは口いっぱいに料理を頬張っていたので、慌てて飲み込もうと奮闘する。
その姿がなんだか可笑しくて、私は思わず吹き出しそうになってしまった。
「あー、すいません。ゆっくり飲み込んでからで大丈夫です」
ナルギスは、苦笑しつつ、セルフィスの準備が整うのを待った。




