第八章15 おもてなしを受けて
――レイシアの言った通り、お昼を過ぎ、西の空を赤い夕日が照らす頃――私達はセキホウ鉱山の麓に到着した。
始めこそ、遠近法でそれほど高い山とは思えなかったが、いざ目の前にすると、圧巻という他ないほど、荘厳な岩壁がそそり立っている。
普通の山のように、樹木も幾つか生えているが、その配置はまばらだ。
遠くから見て、山の肌が青黒く見えたのは、きっと表面に露出している岩肌が多いからだろう。
「うわぁ……デッカイねぇ」
フィリアは上を見上げて、感嘆の呟きを漏らす。
「当たり前だ。今はもう、王国に攻め入る驚異も無くなったが――つい先日までは、国家防衛の要だったからな。この巨大な鉱山で採掘される宝石の多くは、王宮魔術師団に回されていた」
「〈ウリーサ〉という巨大な組織に対抗するために、大量の宝石を採取していた……そういうことですね?」
「ああ、そういうことだ」
私の補足に、レイシアは頷いて返す。
「ねぇねぇ、おにい。あれ何だと思う?」
つんつんと、フィリアが背中を小突いて、斜め前方に視線を向けた。
彼女の示す方を見やれば、テントが幾つか設営されている。
それも、私達が就寝のために持ってきている、組み立て式の簡易テントではない。
六本の脚を地面に埋め込んで固定する、大型の仮説テントだ。
間違いなく、ここに長時間泊まり込んで、何か作業をする――そのための住居のような仰々(ぎょうぎょう)しさがあった。
「一体なんだろうね……」
私も首を傾げる。
何しろ、ここへ来たのは初めてだから、詳しいことは何一つわからない。
けれど、鉱山という場所から予測するに、おそらくは――
「たぶんだけど、鉱山で働く人達が寝泊まりするテントじゃないかな」
「その通りだ、カース」
ずいっと。
レイシアが私の方に一歩近づいてきて言った。
「ここは、労働者が寝食や鉱山調査の指令室として使用する、仮説テント群だ。この付近に、採掘場へつながる出入り口があるからな。位置的にも都合がいいんだ」
レイシアが補足説明をし終わったとき。
不意に、中央付近のテントの白い幕が上がり、中から一人の男が出てきた。
白い髭を生やした、初老の男だ。
全身は筋肉質でたくましく、目元には深い皺が刻まれている。
しかし、がたいの良さとは裏腹に、好々爺然といった様子だ。
彼は、私達に気付くと、駆け足で向かってきた。
いや――“私達に”というより、厳密には“レイシアに”だったが。
「よくぞお越しくださいました。レイシア様」
右手を左胸に添え、慇懃に一礼する初老の男。
明らかに、彼女に心酔している様子だ。
けれどレイシアは、それに恥じらう様子も見せず、軽くあしらった。
「余のことはいい、ナルギス。それよりも、王女にご挨拶したらどうだ?」
「王女……?」
ナルギスと呼ばれた男は、「?」といった様子で顔を上げ、私の隣に立つ白髪の少女を見る。
たっぷりと五秒ほど、穴が開くほどにセルフィスを凝視していたナルギスは、次の瞬間、我に返ったように目を見開いて叫んだ。
「なにぃいいいい!? お、王女様がなぜ、こんな辺境の地へ……ッ!? ほ、本物であらせられますか!?」
あまりにも声が大きかったせいか、テントの中にいたらしい労働者が次々に幕を上げて顔を出す。
それから口々に、「レイシア様がいらっしゃった」「あそこにいるのは……王女様か?」「まさか。高貴な御方が、薄汚い俺達の労働場に来るものか」などと、小声で言い合っている。
そんな野次馬を眺め回して。
「ええ、本物ですよ」
セルフィスは、未だ動揺隠しきれぬ様子のナルギスへ、にっこりと微笑みかけた。
「さ、左様でございますか……」
ナルギスは、呆けたように小刻みに頷く。
それから。
「ここで立ち話もなんですから、是非こちらへ……細やかながら、温かいお茶でも」
緊張からか震える手で、ナルギスはテントへと促す。
どうやら、話ついでにもてなしをしてくれるらしい。
これは、もてなしを受けない方が失礼というものだ。
かくして私達は、野次馬達の視線をかいくぐって、大きなテントに入った。




