表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

230/304

第八章15 おもてなしを受けて

 ――レイシアの言った通り、お昼を過ぎ、西の空を赤い夕日が照らす頃――私達はセキホウ鉱山のふもとに到着した。


 始めこそ、遠近法でそれほど高い山とは思えなかったが、いざ目の前にすると、圧巻という他ないほど、荘厳そうごんな岩壁がそそり立っている。


 普通の山のように、樹木も幾つか生えているが、その配置はまばらだ。

 遠くから見て、山の肌が青黒く見えたのは、きっと表面に露出ろしゅつしている岩肌が多いからだろう。


「うわぁ……デッカイねぇ」


 フィリアは上を見上げて、感嘆の呟きを漏らす。

 

「当たり前だ。今はもう、王国に攻め入る驚異も無くなったが――つい先日までは、国家防衛のかなめだったからな。この巨大な鉱山で採掘さいくつされる宝石の多くは、王宮魔術師団に回されていた」

「〈ウリーサ〉という巨大な組織に対抗するために、大量の宝石を採取していた……そういうことですね?」

「ああ、そういうことだ」


 私の補足に、レイシアは頷いて返す。


「ねぇねぇ、おにい。あれ何だと思う?」


 つんつんと、フィリアが背中を小突こづいて、斜め前方に視線を向けた。


 彼女の示す方を見やれば、テントが幾つか設営されている。

 それも、私達が就寝のために持ってきている、組み立て式の簡易かんいテントではない。


 六本の脚を地面に埋め込んで固定する、大型の仮説テントだ。

 間違いなく、ここに長時間泊まり込んで、何か作業をする――そのための住居のような仰々(ぎょうぎょう)しさがあった。


「一体なんだろうね……」


 私も首を傾げる。

 何しろ、ここへ来たのは初めてだから、詳しいことは何一つわからない。

 けれど、鉱山という場所から予測するに、おそらくは――


「たぶんだけど、鉱山で働く人達が寝泊まりするテントじゃないかな」

「その通りだ、カース」


 ずいっと。

 レイシアが私の方に一歩近づいてきて言った。


「ここは、労働者が寝食しんしょくや鉱山調査の指令室として使用する、仮説テントぐんだ。この付近に、採掘場さいくつじょうへつながる出入り口があるからな。位置的にも都合がいいんだ」


 レイシアが補足説明をし終わったとき。

 不意に、中央付近のテントの白い幕が上がり、中から一人の男が出てきた。


 白い髭を生やした、初老の男だ。

 全身は筋肉質でたくましく、目元には深いしわが刻まれている。


 しかし、がたいの良さとは裏腹に、好々爺然こうこうやぜんといった様子だ。


 彼は、私達に気付くと、駆け足で向かってきた。

 いや――“私達に”というより、厳密には“レイシアに”だったが。


「よくぞお越しくださいました。レイシア様」


 右手を左胸に添え、慇懃いんぎんに一礼する初老の男。

 明らかに、彼女に心酔しんすいしている様子だ。


 けれどレイシアは、それに恥じらう様子も見せず、軽くあしらった。


「余のことはいい、ナルギス。それよりも、王女にご挨拶したらどうだ?」

「王女……?」


 ナルギスと呼ばれた男は、「?」といった様子で顔を上げ、私の隣に立つ白髪の少女を見る。

 たっぷりと五秒ほど、穴が開くほどにセルフィスを凝視していたナルギスは、次の瞬間、我に返ったように目を見開いて叫んだ。


「なにぃいいいい!? お、王女様がなぜ、こんな辺境の地へ……ッ!? ほ、本物であらせられますか!?」


 あまりにも声が大きかったせいか、テントの中にいたらしい労働者が次々に幕を上げて顔を出す。

 それから口々に、「レイシア様がいらっしゃった」「あそこにいるのは……王女様か?」「まさか。高貴な御方が、薄汚い俺達の労働場に来るものか」などと、小声で言い合っている。


 そんな野次馬を眺め回して。


「ええ、本物ですよ」


 セルフィスは、未だ動揺隠しきれぬ様子のナルギスへ、にっこりと微笑みかけた。


「さ、左様でございますか……」


 ナルギスは、ほうけたように小刻みに頷く。

 それから。

 

「ここで立ち話もなんですから、是非こちらへ……細やかながら、温かいお茶でも」


 緊張からか震える手で、ナルギスはテントへとうながす。

 どうやら、話ついでにもてなしをしてくれるらしい。


 これは、もてなしを受けない方が失礼というものだ。

 

 かくして私達は、野次馬達の視線をかいくぐって、大きなテントに入った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ