第二章9 哨戒からの帰還
「よぉ、思ったよりかかったじゃねぇか」
いつもの部屋に入ると、ロディが机上を見つめたまま、声だけ投げかけてきた。その向かい側にフィリアが座り、同じく机の上を見つめてう~んと唸っていた。
「う、うん。まあね」
一応答えて、僕は二人が見ているものを覗き込む。
それは――
「詰将棋か」
一瞬、何か作戦を練っているのかとも思ったが、よくよく考えてみればこの常時お転婆娘が作戦会議に参加するはずもない。
それはそれとして。
(フィリアって、詰将棋ができたのか)
意外や意外。
詰将棋と言えば、“様々な種類の駒を動かし、最終的に王様を討ち取れば勝ち”という至って単純なゲームルールだが、勝利を掴むために無限大の手数が存在する。要するに、決して簡単なゲームではないのである。
そんなゲームを、このおバカ妹ができるというのだから、思わず感心して――
「おいフィリア。何度言ったらわかるんだ。兵隊を二回動かせるのは、最初だけだ」
「あれ、そうだっけ?」
「ああそうだ。――って、後ろに下がろうとするな! 兵隊は斜め前に敵の駒があるとき以外、前にしか進めねぇんだ!」
「じゃあ今、後ろに進めるようにルールを変えた」
「勝手に変えんじゃねぇよ!」
「兵隊は常に柔軟な対応を求められるんだよ? 前にしか進めない兵隊なんて、いるはずないもん」
「おお、なるほど。確かにそうだな。―って納得してたまるか! それっぽい理由を付けてルール改変を正当化するな!」
――、……。
あー、まあ。なんというか……
(予想通り、かな……)
平常運転のフィリアで逆に安心した。
(ていうか、ロディがツッコミ側に回るのは、何気に初めて見たな)
いつもはフィリアとロディがボケ担当で、僕が仕方なくツッコミ担当にならざるを得ない状態なのだが。
(フィリアとロディの二人きりになると、フィリアのおバカパワーが勝るのか)
無自覚に人を振り回す天才だと思う。
「それでロディ、戦局はどうなの?」
「勝負にならん」
「主に対戦相手のせいで?」
「その通りだ」
「ちょっとそれどういう意味! フィリアが悪いっていうの?」
すぐにフィリアが突っかかってくる。
「ごめん、そういう意味じゃないよ」
いや、どう考えてもそういう意味だろ。心の中でそう言っておく。
「ところで、お前は上手くいったのか?」
ロディにそう聞かれ、「まあね」と返した。
「一応、レイシアさんが騎士団を嫌う理由みたいなのはわかったつもり」
「そうか。そりゃ良かったな」
「聞かないの?」
「当たり前だ。俺は興味ないんでな」
「そう言うと思った」
こちらも平常運転のロディに、僕は思わず笑みをこぼし――
「ねぇ、おにい」
「なに?」
振り返ると、何やら目をキラキラさせているフィリアの顔がすぐ近くにあった。
「近いんだけど」
「フルーツタルトどこ?」
「……へ? フルーツタルト?」
前後の読めない話に、僕は首を傾げる。
「お土産だよお土産。ここを出る前、買ってきてくれるって言ったじゃん」
「……あ」
思い出した。
確かに、出かける前フィリアをなだめるために、フルーツタルトを買ってくると言ったんだった。
すっかり忘れていた。
「……ねえ、おにい。ひょっとして……忘れてたの?」
僕の反応から察したらしいフィリアが、とたんジト目になって睨んでくる。
「……すいません。忘れてました」
「うわー、おにい酷い。言っておくけど、「お土産を買ってくる」って言ったのはおにいなんだからね。言ったからにはちゃんとやり遂げるのが道理だよ!」
至極真っ当な意見だが、お前にだけは言われたくない。
とはいえ、今回ばかりは非はこちらにある。
「わかったよ。明日買ってくる」
「本当に!? 絶対?」
「うん約束する。《男》に二言は無い」
「既に二言目だけどな」
呆れたようなロディの一言なんて、スルーだ。
「今日はもう疲れたから、明日朝一で買ってくるよ」
「うわーい、ありがとう! おにい大好き!」
あからさまに嬉しそうに、腕にぎゅっと抱きついてくるフィリア。ロディが見ているというのに、大胆な奴だ。まあ、可愛いからいいんだけど。
「それはそうと疲れたなら、風呂入ってこいよ」
「こんな時間から?」
「こんな時間だから、だぜ?」
ロディは片方の眉を吊り上げ、言葉を続けた。
「この時間なら大浴場も空いてるだろう? 一人でゆったりくつろげるぜ?」
「まあ、確かに」
ロディの言うことも一理ある。ここは、一人静かに汗を流すとしよう。
「あ、じゃあフィリアもおにいと一緒に……」
「「お前はここにいろ!」」
男風呂にまで入ってこようとするフィリアを一喝し、僕は風呂場に向かった。




