第八章14 衝撃。 名前の由来
太陽が地平線の向こうから顔を出す頃には、私達はテントを片し、分岐点を左へ――セキホウ鉱山に向かう方向へと進んでいた。
夜中の内に起きてしまったこともあって、朝になった途端に眠くなるんじゃないかと覚悟していたが――意外にもそんなことはなかった。
たぶん昨夜、疲れ果てて八時頃就寝したから、睡眠自体は十分にとれていたのだろう。
セキホウ鉱山へ向かい歩き始めた私達は、山や平原を横目に、ひたすらセキホウ鉱山へ向けて進む。
「ねぇ、おにい」
横を歩くフィリアが、いつものごとく問いかけてきた。
何かしらの質問を真っ先にしてくるのは、毎度毎度彼女である。
好奇心旺盛で、天真爛漫な陽キャの証拠だ。
「なに、フィリア」
「あの前に見えるデッカイ山が、セキハン鉱山なんだよね」
「……セキホウ鉱山ね」
苦笑しながら訂正する。
セキハンて……祝い事で食べるあの赤飯じゃあるまいし。
「まあ、そうとも言う!」
「いや、そうとしか言わないから……」
ケラケラと笑い飛ばすフィリアを尻目に、私は地図を開く。
やはり、今いる一本道を進んだ先にある青黒い山が、セキホウ鉱山のようだ。
「ここからセキホウ鉱山まで、どれくらいかかるんだろう……」
「おおよそ、半日というところだ」
後ろを歩くレイシアが私の呟きに反応し、淡々と答えた。
「行ったことあるんですか?」
「まあな。セキホウ鉱山は、王国の魔術師にとっては国家防衛に関わる、大事な場所だ。故に、帝国との睨み合いが始まる以前から、少数の魔術師達を、鉱山の防衛用に置いていたんだ」
「そうですか。確かに、宝石は〈珠玉法〉を扱う上で、最重要要素ですもんね」
「ああ。それに実際、軋轢が高まってからは、帝国の〈ウリーサ〉が襲撃してきたこともあった。その際、余も鉱山の防衛網で前線指揮を執ったのだ」
レイシアは、昔を懐かしむように遠い目をする。
当然彼女にも、私が出会う以前の姿形があったわけで。
それを知らないのが、少しもどかしく思えた。
「ところで、レイシアさん」
彼女の隣を歩くセルフィスが、空を見つめるレイシアに問いかける。
「……、どうされました?」
遠い記憶に思いを馳せていたからだろうか。
少し遅れて反応を示し、セルフィスの方を振り返った。
「セキホウ鉱山て、なんだか不思議な名前ですけど……名前に由来とかあるんでしょうか?」
「何言ってんのセルフィス。どーせ、宝石が沢山採れるから、ホウセキをもじっただけでしょ」
フィリアが両手を後頭部に回して組みながら、つまらなそうに口を挟む。
「い、いや……流石に、そんなふざけた名前じゃないと思いますが」
「いえ、セルフィス様。残念ながら、今フィリアが言った通りの理由でございます」
「「えぇえええええええ!?」」
それを聞いた瞬間、セルフィスと私は、素っ頓狂な叫び声を上げた。
だが、すぐに私はふざけたネーミングの例がひとつ、思い至った。
そういえば、王国の首都、〈リースヴァレン〉へ向かった時に渡った湖の名前が、〈ナントカ湖〉だったっけ。
本当に、ネーミングセンスがどうかしてる。
どうせ、セルフィスのお父様がテキトーに名付けたに違いない。
常に、想像の斜め上を裸足で全力疾走している人だから。
私は、心底苦笑いするしかなかった。




