第八章12 動揺。 テントの中の異常事態
フィリアはセルフィスを押し倒す格好で静止し、目を見開いて硬直している。
レイシアはというと、この光景を肴に……というわけではないと思うが、冷めたコーヒーの入ったカップを持ったまま、こちらをじっと見ていた。
やがて――事態を理解した一同は、壊れた絡繰り人形のように慌てふためいた。
セルフィスの真っ白な顔が、かぁーっという音が聞こえてくるかのような勢いで赤くなる。
「い、いい、いつから聞いてちゃんですか!?」
「たぶん、五分くらい前から……ていうか、きょどりすぎです」
セルフィスは、目をぐるぐると回していて、焦点があっていない。
慌てすぎて、返答も噛み噛みだ。
かむかむレ◯ンならぬ、噛み噛みセルフィスである。
まあ、それはそれとして。
私は、わざと少し声のトーンを下げて、フィリアの方を睨んだ。
「フィリアにさ……ちょっと言いたいことがあるんだけど」
「は、はいっ! なんでしょうか!?」
本能で怒られることを察したのか、彼女はセルフィスから飛び退いて、正座の格好で背筋をピンッと伸ばした。
「なんかセルフィスさんに、いたずらしてたみたいだけどさ」
「え……? そ、そんなことないよ! うん、絶対ないないない!」
「し て た み た い だ け ど さ」
「……はい。すんません。してました」
フィリアは、しゅんと縮こまる。
お調子者の彼女も、敬愛する人間に怒られると、形無しらしい。
そんな彼女へ、更に言葉をぶつけた。
「そういうことされると困るんだよね」
「それは……セルフィスが、位の高い人だから……とか?」
「いや、そうじゃないよ。セルフィスさんの声が……なんかその、大変色っぽくて……私が不思議な気分になっちゃうから!」
「……いやそういう理由!?」
フィリアはすかさずツッコミを入れた。
セルフィスはというと、「色っぽい」と言われて、いよいよ恥ずかしさが頂点に達したらしい。
「いろ、いろ……いろっぽ……きゅう~」
沸騰したやかんのように、顔を真っ赤にして、湯気をふいてしまっている。
この場においては、セルフィスは完全に被害者だ。
少し、悪いことをしてしまったなと思った。
「こほん、こほん。しかし、カース。起こしてしまって悪かったな」
レイシアは落ち着き払った様子で、正座しながらしきりにコーヒーを喉に流し込んでいる。
その割には、咳払いが多いような気もするが――
「いえ。目覚めたのは偶然です……まあ、寝床まで笑い声が聞こえてきたのは、事実ですが」
「そ、そうか。ならいいんだ」
何がいいのかわからないが、彼女はまた咳払いをして、カップを口に付ける。
その様子を見て、私はあることに気付いた。
「あの……レイシアさん?」
「ん? なんだ」
「そのコーヒーカップ、もう空ですけど」
「! な、なんだと!?」
なんだと!? じゃないよ。もっと早く気付いてよ。
どうやら本人は、まだコーヒーを飲んでいる気でいたらしい。
いつの間にか空になっていたことに気付かないあたり……やっぱり動揺していたのだ。
(これは、みんなが落ち着くまで、しばらくかかりそうだな)
私は、苦笑しつつため息をついた。
まあ、こんな事態になったのは、全て私のせいなんだけどね。
申し訳なく思いながら、私はいつも通りのみんなに戻るのを待った。




