第八章10 深夜の花園?
テントに向かったと言っても、たかだか数メートル離れているだけだ。
テントの中からは気付かなかったが、彼女たちのテントには、薄らと明かりが灯っている。
その明かりが照らし出す影は……三つ。
どうやら、フィリアとレイシアの他に、セルフィスも話に参加しているらしい。
僕のテントまで彼女の声が聞こえて来なかったのは、他二人よりも声が小さかったからだろう。
テントの生地から漏れる明るさから鑑みるに、どうやら、ろうそくランプを使っているようだった。
揺れるオレンジ色の光が、三人の影をぼんやりと映し出している。
何かしらの雑談に、貴重なろうそくランプを使うなんて。
一瞬そう思ったけれど、すぐに考えを改めた。
だって、修学旅行のホテルで、先生の見回りの目を盗みながら、恋バナとかするのは最高なのだ。
彼女たちもきっと、そんな気分なのだろう。
それに、美女三人に囲まれて、ろうそくランプも本望だろう。
そんなことを思いながら、僕はテントの側にぴたりと張り付いて、聞き耳をそばだてた。
ここまで来れば、流石にセルフィスの声も聞こえる。
さて、どんな話をしているのやら――
「――本当は、わかっているんです。カースさんが、私を苦しめた殿方のように、酷く穢らわしい人じゃないって」
まず耳に飛び込んできたのは、セルフィスの悲しそうな声だった。
「でも、いざ目の前でカースさんが男の人になると、胸が締め付けられる感じがして……息も上がってしまって、足下がなくなるみたいな錯覚に囚われるんです」
「なぁ~んだ。それ気にすることないよ! だって恋の典型的な症状だもん!」
世界一明るく、そして世界一デリカシーのないフォローが、フィリアの口から飛び出す。
(……あのバカ!)
僕は思わずそう口に出しそうになった。
本人は勇気づけてるつもりなんだろうが、まったくフォローになっていない。
むしろ、自ら地雷を踏みに行っているような気さえする。
テントに乗り込んで、諫めてやろうと思ったが、その必要はなかった。
ぽかっ。
そんな軽い音がテントの中から聞こえてきて。
「痛ぁ! ナンデ頭たたくの?」
「貴様は少し黙っていろ」
レイシアが冷ややかに言い捨てる。
どうやら、お仕置きをしてくれたらしい。
「セルフィス様の言いたいことは、よくわかります。頭では理解していても、心に植え付けられた感情は、そう簡単に無くなるものではありません」
「レイシアさん……」
「ですが、これだけは覚えておいていただきたい。彼女――いや、彼は、二つの性別を持っているだけで、等しくカースなのです。女であろうが、男であろうが、中身は変わらない。辛いことがあれば、そっと側に寄り添ってくれる――そんな方です」
うわぁ、なんか凄く嬉しいこと言ってくれてる。
影で聞きながら、目が潤むのを感じた。
性別が変わるという謎の呪いをかけられた僕だけど、ちゃんと慕われていたらしい。
ハーレムとか百合とか、動悸不純な目的でこの世界を楽しんでいるだけなのだが、思った以上に親密になっている。
……まあ、親密にならなきゃ、そもそも恋愛なんて出来るわけがないのだが。
盗み聞きしている状況で、勝手に温かな気持ちになっていると、その気持ちをぶち壊す大声で、フィリアが言った。
「そう! レイシアさんの言うとおり! おにいは優しいから怖がんなくても大丈夫! だから笑って! ほら、メイク☆スマイリング!!」
「は、はぁ……」
その勢いに気圧されたのか、セルフィスの弱々しげな声が聞こえてきた。
てか、若干引いてるじゃないか……(苦笑)




