第八章8 レイシアの頼み
「日が昇ったら、分かれ道を右に曲がり、〈リラスト帝国〉に向かう……確かそういう計画だったな?」
「もちろんです。左に曲がると、セキホウ鉱山の方へ行ってしまいますから」
私は、身を捻って後ろに置いてある鞄をとる。
それから、四つ折りに畳んだ地図を取り出し、焚き火の前で広げた。
二つの大きな分かれ道を右に進めば、川やいくつかの峰を越えた先にある〈リラスト〉帝国に着く。
しかし、左に進めば大きな鉱山しかないのだ。
故に、右に行くしか選択肢はない。
「実は、そのことで一つ頼みがあるんだが……」
レイシアは言いにくそうに顔をしかめる。
それから数秒間、沈黙が流れる。
焚き火にくべた枝が炭化し、ポキリと折れたのを合図に、レイシアは口を開いた。
「〈リラスト帝国〉へ向かう前に、そのセキホウ鉱山へ行って欲しい」
「……どうしてです?」
私は思わず、聞き返してしまった。
鉱山に向かう理由が、全く思い当たらないからだ。
だが、セルフィスだけは、彼女がそう進言した理由がわかっているらしかった。
「ひょっとして、魔術に関係することですね?」
レイシアが私の質問に答えるより前に、セルフィスが言った。
「左様です」
レイシアは、表情を申し訳なさそうに歪めたまま、頷いた。
「魔術に関することって……どういうことなんですか?」
未だに話がよめない私は、セルフィスに聞いた。
「セキホウ鉱山は、様々な鉱脈が折り重なってできた、非常に珍しい鉱山なんです。だから、ルビーやエメラルド、ダイヤモンドといった、異なる宝石が同じ鉱山の中で発掘されるのです。そして、発掘された宝石の多くは、王国防衛を担う魔術師達の元へ運ばれていますね」
「ああ、そういうことですか!」
私はやっと、レイシアがセキホウ鉱山に行きたいと言った理由がわかった。
「〈珠玉法〉は魔術を行使する際の触媒に、宝石を使うから、鉱山へ赴いて宝石を補給したいんですね?」
「まあ、そういうことだ」
レイシアは、我が意を得たりと頷いた。
これで、レイシアがセキホウ鉱山に向かいたい理由がわかったが――一つ解せないことがある。
「でも、王国から宝石を持ってきていたら、わざわざ鉱山に向かう必要はなかったんじゃないですか? セルフィスさんの話によると、王国の魔術師達の元には、セキホウ鉱山で発掘された宝石が直接送られているのですよね?」
「それは、そうなのだがな」
レイシアはバツが悪そうに頭を搔く。
どうやら、痛いところを突いてしまったらしい。
「いざ王国を出るときになって、気が引けてしまってな。王国を離れる者が、王国に残る者達のために用意された宝石を、勝手にとっていって良いものかと」
「ま、真面目ですね……」
真面目というか、頭が硬い。
そう思ったが、流石に言うのはやめた。
残された部下を思っての選択だ。
責めるつもりなど微塵もない。
だから、私は、レイシアの頼みを受け入れることにした。
「わかりました。明日はセキホウ鉱山に向かいましょう。みんなもそれでいい?」
「いいよ!」
「もちろんです」
フィリアもセルフィスも、二つ返事で答える。
「すまん。恩に着る」
レイシアは深々と頭を下げる。
しかし。
このときの私はまだ知らなかった。
この選択が、やがて、大きな運命の変動を運んでくるきっかけとなることを。
このときの私は、知るよしもなかった。




