第八章6 突っ込む妹、パート2
叫ぶと同時に全身が煙に包まれ、肉体構造が筋肉質なものへと瞬時に切り替わる。
セルフィスのいるまえで性別を変えるのは、タブー。
それを自覚していても、この判断はやむを得なかった。
なぜなら――
「おーにーいーッ!」
暗闇の向こうから駆けてくる足音がすぐ側まで来て、その人物が焚き火の明かりで映し出された。
太陽も裸足で逃げ出す眩しい表情の彼女は、言わずもがなフィリアだ。
彼女は全速力で僕の方に突っ込んできて、勢いよく僕の胸に飛びついた。
「うわわっ!」
あまりの勢いに体勢を崩しかけるが、筋肉の増した男の身体は、破天荒な妹の小さな身体を強く抱き留めた。
顔のすぐ下で、ふんわりとした髪のにおいが香る。
「ないすきゃっち!」
フィリアは顔を上げ、満足そうに言った。
「やればできるじゃん、おにい」
「まあね、なんとなくフィリアが突っ込んでくるような予感があったから」
彼女の頭を優しく撫でながら答える。
それが気持ち伊いいのか、フィリアは僕の胸に体重をかけて、うっとりと目を細めた。
以前、ドアを開けた瞬間、不意打ちでもするかのようにフィリアが僕の胸に飛び込んできた。
しかし、そのとき僕は女の身体だったから、大きな二つの胸がトランポリンの役割を果たし、フィリアをはね飛ばしてしまったのだ。
それが不服だったらしく、彼女は僕に、「抱きつく気配を見せたら、男の身体になって」と無茶ぶりをしてきたのである。
(そのときはムリな話だと思ってたけど……案外、なんとかなるものだな)
僕はふと、口元をほころばせた。
と、そのとき。
僕は、背中に何やら違和感があることに気付いた。
フィリアは今、僕に抱きついて背中に手を回しているから、本来は彼女の体温で背中が熱くなるはずなのだ。
なのになぜか、背中の一部分が妙に冷たい。
「ねぇ、フィリア」
「ん? なぁに?」
「なんか、背中が冷たいんだけど……フィリア、ひょっとして低体温症にでもなった?」
「ていたいおんしょう……? ちょっと何言ってるかわかんないけど、フィリアはいつも通りだよ」
「そう。ならどうしてだろう……」
僕は、少しばかり思案に耽る。
すると、何かを思い出したように、フィリアが「あっ」と叫んだ。
「ひょっとして、これのせいかも」
フィリアは後ろに回していた手を放し、一歩引き下がる。
それから、手に持ったあるものを見せつけてきた。
焚き火の明かりに照らされるソレの色は、銀色。
全長は二十センチくらいで、細長い葉っぱのような形をしている。
そして最大の特徴は――ピチピチと音を立てて動いたことだった。
「そ、それって……魚?」
「うん! そう!」
フィリアは大きく頷く。
彼女の手には、一匹の魚が鷲づかみにされていたのだ。
そういえば、フィリアと初めて出会ったときも、魚が関連してたような――って、そんな思い出に浸っている場合じゃない!
「どうしたの、その魚」
「近くに小川があったから、川に入って素手でとってきた!」
「野生の熊か!?」
どや顔で胸を張るフィリアに、すかさずツッコミを入れる。
なんともまあ、たくましい妹だ。
心の底からそう思った。




