第二章8 レイシアとの距離
(あ、帰ってきた)
「指を咥えて見ていろ」そう言われたので、指をくわえずにその場で突っ立っていた僕は、こちらに歩いてくるレイシアを見つけて、少しだけ姿勢を正した。
「お疲れ様でした」
「余計なお世話だ」
「それはすみません」
何故か闘う前より不機嫌そうなレイシアの手前、謝っておいた。
何が起きたのかは、大体予想がつく。
たぶん……あの魔術師に逃げられたのだ。
この仏頂面を見ればすぐにわかる。
良い意味でも悪い意味でも愚直な人らしい。
「帰るぞ。今日の哨戒は終わりだ」
「わかりました。えっと、拘束した二人は……」
「先程部下に連絡を付けておいた。回収はそいつらに任せてある」
「そうですか」
「ああ」
王宮に向かって歩き出すレイシアの後を追って、僕も歩き出した。
ゆっくりと沈みゆく西日に背を向け、街を歩く。
王宮を出た時はまだ、太陽が高い位置にあったというのに、結構長い時間レイシアと行動を共にしていたらしい。
人々の喧噪が戻った大通りを互いに無言で進むことしばらく。
「なあ、貴様」
不意に、前を行くレイシアが声をかけてきた。……まあ、相変わらずこっちを振り向いてはくれないんだけど。
「なんです?」
「余は……その……なんだ」
余程言いにくいことなのか、しどろもどろに述べた後、意を決したように言った。
「……可愛い、と思うか?」
……はい?
「今なんて?」
「っ! 恥ずかしいことを二度も言わせるな貴様ッ!」
「す、すいません!」
慌てて謝る。
いや、だってさ。「私って可愛い?」なんて聞くぶりっこキャラじゃないじゃん。まず自分の耳を疑うって。
「……貴様さっき、言っていたろ。「なんぱ」とやらは可愛い子にするものだと。だから、その……確認をだな」
「はぁ」
「言っておくが、決して、「可愛い」などと言われたいわけじゃないぞ! あくまで確認だ!」
「わかってますよ」
(ていうか、ホントに恋愛に関してはまるで免疫が無いんだな)
つい苛めたくなってしまうが、そんなことをしたら炎の魔術で調理されるに決まってる。
転生してまだ一週間も経っていないのに、丸焼きになってまた転生というのは御免被りたい。
「可愛いと思いますけどね、僕は」
「ッ。 ほんとう、か?」
「嘘ついてどうするんですか」
そのトゲトゲな性格を直せば、ひっきりなしにデートの誘いが来るはずだ。とは流石に言えなかった。
「なるほど。そうか……」
レイシアは自身の手を細顎に乗せた。
白い頬が紅に染まっているように見えるのは、果たして西日のせいだけだろうか?
「女としての余、か」
そんな呟きが聞こえたような気がして、「え?」と問い返す。
「なんでもない。貴様が男で、余が女だというのを知っただけだ」
「なんですその当たり前の事実は。僕が《女》だとでも思ったんですか?」
「はっ。馬鹿を言え。思うわけが――」
嘲笑するように言い捨て、レイシアがこちらを振り向く。
瞬間、謀ったように風が強く吹き付けた。
その風で地面の土埃が舞い上がり、目に入った。
「痛ッ!」
慌てて目を擦る。やがて痛みが引いて目を開くと、そこには驚愕の表情を顔面に貼り付けたまま微動だにしないレイシアの姿があった。
「あの……どうしました?」
「いや……前言撤回だ。女だと思う。……というか、女に見えるんだが」
「……へ?」
きょとんとするが、慌てて言い返す。
「なに馬鹿なこと言ってるんです! ちゃんと見てください! 僕は《男》です!」
そう宣言した瞬間、また風が起き、目に砂が入る。
「だから痛いって! さっきからなんなんだよ、もう」
目を擦り、再び目を開けると、やはり驚いたような顔のレイシアが映った。
「……ああ、いやすまん。さっき言ったことは忘れろ。やっぱり男だ」
「そうですよ! 冗談を言うなんてらしくないですね」
「冗談ではない。本当にそう見えた……はずなんだが」
悪い物でも食べたかのように顔をしかめ、レイシアは額に手を置いた。
「……熱はない。ただの錯覚か?」
「お疲れなのでは?」
「――、……ああ、そうかもしれんな」
レイシアは、はぁと小さくため息をついた。
(なんだったんだろう)
よくわからないけど、とりあえず錯覚ということでいいだろう。
(今日一日、収穫はあったし)
レイシアが王国騎士団を頑なに嫌う理由。それを知ることが出来た。おまけに、心なしか彼女との距離も少し縮まった……ような気がする。
どことなく心地よい気分に浸りながら、僕たちは王宮へと帰っていくのだった。




