第八章4 セルフィスの特異性
――ほどなく、私達は夕食の準備に取りかかった。
夕食と言っても、持ってきた缶詰を人数分用意するだけの、簡素なものだ。
「もう大分暗いですね」
乾燥させた肉やイモの入った缶詰をナイフでこじ開けていると、不意にセルフィスが話しかけてきた。
「そうですね。手元も見辛いです……」
私は作業の手を止めて、セルフィスの方を振り返った。
空はすっかり濃紺に染まり、西の空に青白い色が辛うじて残っているくらいだ。
セルフィスの表情も、細部までは到底窺えない。
「ランプを使いましょうか? このままだと、作業しにくいでしょう?」
「ろうそくランプですか?」
「はい、そうです。一応、手提げ鞄の中に入れて持ってきたんです」
私は、しばらく思案した。
ろうそくランプを使えば、確かに手元も見やすくなる。
けれど、ここで使用してしまっていいだろうか?
ランプの中に入れるろうそくは消耗品だ。
この旅で、いざという時に使えるよう、温存しておいた方がいい気がする。
今ここで貴重な明かりを使うのは、得策じゃない。
故に――
「いえ、心遣いは嬉しいのですけど、ランプの使用は遠慮しておきます」
私は、セルフィスの提案を丁重に断った。
「そうですか。カースさんがそうおっしゃるのなら、大丈夫なのですが……。でも、暗い中で作業をするのは、大変のはず」
セルフィスは、心配そうに呟く。
「まあ、そうですね」
何か良い方法はないか?
少し考えて、幸いにもすぐに思いついた。
キャンプや野宿と言えば、焚き火だ。
「じゃあ、その辺りに落ちている乾燥した木の枝や枯れ葉を使って、火を焚きましょう。そうすれば、明るいし、ポットに入れて持ってきたコーヒーも温められますから、一石二鳥じゃないですか?」
「それは名案ですね! 夜になって少し肌寒くなってきましたし、暖まるにも丁度良さそうです」
セルフィスは可愛らしくガッツポーズをして、パタパタと駆けていった。
たぶん、落ちている枝や木の葉を拾いに行ったのだ。
この世界に季節という概念があるのかは、まだイマイチよくわかっていない。
だけど、無理矢理前の世界に気候を当てはめるとしたら、おそらく初夏くらいだろう。
昼間は汗ばむくらいには暑く、それでいて夜は少し肌寒い。
今までは王宮の中で過ごしたりすることが多く、出掛けても戦闘で気が張り詰めていたから、気温や気候に意識を集中する暇がなかった。
今こうして、夜の風をゆったりと感じているのは、なんだか心が安らいでいく感じがして心地よかった。
「集めてきましたよ! カースさん!」
歓喜に溢れた声が後ろから聞こえて振り返ると、両手いっぱいに枯れ枝を抱えたセルフィスが立っていた。
「も、もう!? 早かったですね」
「近くにいたリスさんやタヌキさんに、集めるのを手伝っていただいたんです。お陰で、すぐに枯れ枝が集まりました」
「す、凄い……何でもありですね」
私は、愛想笑いを浮かべつつ答える。
異常なまでに動物と心を通わせることのできる王女。
既に、動物が懐くという域を超えている。
心の優しさが天元突破しすぎじゃないだろうか?
ともすれば特殊とも言える彼女の特性に、戦慄と驚嘆を覚えるのだった。




