第八章3 レイシアの進言はいかに?
――目的地に向けて、ひたすらに歩みを進める。
相も変わらず、森と野原が広がる、代わり映えのしない景色が続いている。
変わってゆくものがあるとすれば、それは向かっている方向とは真逆に落ちて行く太陽くらいだった。
――やがて日は地平線に姿を隠し、申し訳程度に西の空を赤く染めている頃。
ようやく、今日の目的地である分岐点に着いた。
「着いたよ」
「ほんと? やったぁ!」
フィリアはぴょんと飛び跳ねて、野原の上を駆けていく。
「あんまり遠くへ行っちゃダメだよ!」
「わかってるって! もうお子様じゃないんだし、迷子になるなんてヘマはしないよ!」
しそうだから言ったんだ。
その台詞は、胸の中に隠しておいた。
「ほら! セルフィスも行こうよ!」
「待ってください……一日中歩いて、もうクタクタなんです。少し休ませてください」
もう既に遠くに行っていたフィリアは、大声でセルフィスを呼ぶ。
しかしセルフィスは、手提げ鞄を地面に置くと、糸が切れたように野原の上に転がった。
大の字に手足を広げて、仰向けに寝転がる彼女の胸は、息を整えるのにあわせて小さく上下している。
お姫様らしからぬ格好だけど、私としては新鮮な王女が見られて満足だ。
――などと口に出せば、ただの変態になるからやめておこう、うん。
「えぇ、仕方ないなぁ。じゃあ、フィリアだけで遊んでる!」
フィリアは不機嫌そうに唇を尖らせ、くるりと踵を返して向こうへ行ってしまった。
辺りが薄暗いのもあって、もう彼女の姿は見えない。
――無事に、帰ってこられるだろうか?
心配でならない。
「おい、カース」
フィリアの行った方を見つめていた私に、声をかける者がいた。
レイシアだ。
腰に手を当て、至近距離で私を見つめている。
――いや、厳密には見下ろしていると言った方が正しいかもしれない。
何しろ彼女は、かなりの長身なのだ。
私が男状態の時なら身長の差も小さいが、なにぶん私は、女状態になると幾ばくか背が縮む。
こうして近くに並ぶと、冷ややかでキリッとした表情の美女が見下ろしている状況になるから、少し怖じ気づいてしまう。
「どうした? 何を怯えている?」
私の感情の揺れを目敏く察したらしいレイシアが、眉を八の字に曲げて聞いてきた。
「い、いえ! いきなり現れたからビックリしただけです!」
慌てて手を横に振り、お茶を濁す。
「……そうか、なら構わん」
表情を見る限り、全て納得したわけではなさそうだが、この場はなんとか誤魔化せたようだ。
「それより、なんです? 私に何か用があるんですか?」
「ああ、実は話したいことがあってな……」
そう言いながら、レイシアは遠くを見つめる。
釣られてその方角を見ると、藍色の空の下。
一際大きく、尖った山の影があった。
あの山と話に、なにか関係があるのだろうか?
けれど、話を聞く前にレイシアが呟いた。
「……いや、今はやはり辞めておこう。全員揃ってから話をした方が良さそうだからな」
「は、はぁ……」
「すまなかった。今のは、夕食の時にでも話そう」
レイシアは僅かに微笑んで、私の側から離れていく。
(一体何を話すつもりなんだろう……)
そう思いながら、彼女の背中を見るのだった。




