第八章1 旅立ちと戯れと
第八章開幕です!!
森の側を、ゆっくりと進む。
道は石で舗装されているわけではなく、土肌が見えている。
だが、道幅は四、五人が横に並んで歩けるくらい、十分な広さがあった。
「あ、見てください! リスですよリス!」
私のすぐ隣を歩きながら森の緑を眺めていたセルフィスが、ぱっと目を輝かせた。
「え!? リス!? どこどこどこ!?」
フィリアが釣られて、辺りをきょろきょろと見回した。
そんなフィリアへ、セルフィスは優しげに告げた。
「ほら。あそこです。あの大きな木の一番下の枝にいるでしょう?」
セルフィスが指さす方向を見ると――なるほど。
ここから五メートルほど先に生えている一際大きい木。
その枝の上にちょこんと乗っかって、二匹のリスが無我夢中で木の実を頬張っている。
おそらく、二匹はつがいだろう。
木陰で仲良くお昼ご飯を食べている姿は、なんだか微笑ましい。
「かわいい~!」
フィリアが、衝動に任せて大きな木へ突っ込んでいく。
けれど、そんなことをしてはリスがどうなるのか、想像に難くない。
フィリアの突進を警戒したらしいリスたちは、幹の影に隠れてしまった。
「あ~、逃げちゃった。もっと近くで見ようと思ったのにぃ」
フィリアは残念そうに肩を落とす。
「怖がらせてはだめですよ」
一部始終を見ていたレイシアは、笑いを堪えながら言う。
それから、ゆっくりとリスたちのいる木の方へ近づいた。
「自分から行くのではなく、じっと待つんです」
セルフィスは自身の腕をのばし、隠れて様子を窺っているリスたちの方へ向ける。
と行っても、指先とリスの間には数メートルの距離があるから、リスたちは多少警戒しつつも、離れることはしなかった。
やがて。
リスたちの警戒心が和らいだのか。
今までセルフィスの様子を見つめていた二匹のリスは、恐る恐るといった風体で前足を踏み出す。
そこから先は、早かった。
さっと幹を駆け下りて、セルフィスの右手にダイブ。
勢いのままに、彼女の腕から肩、肩から背中、背中から脚へ縦横無尽に走り回る。
この短時間で彼女に懐いたのは、火を見るよりも明らかだ。
「ふふ。くすぐったい」
温もりが全身を這うのが心地よいのか、彼女は小刻みに吐息を漏らした。
「なんか……ずるい。セルフィスばっかり」
フィリアは、嫉妬した様子で頬を膨らませる。
自分には懐かなかったリスが、セルフィスには懐いているのが、面白くないのだ。
「懐くには、ちょっとしたコツが必要なんですよ」
セルフィスは、リス達と戯れながら、可愛らしげにウインクする。
私は、セルフィスが以前、蝶と戯れたりすると言っていたのを思い出す。
心優しく、動物とよく心を通わせていた彼女だからこそ、動物との触れ合いのノウハウがわかっているのだろう。
「コツ? どんなコツがあるの? 教えてよ」
目をキラキラと輝かせて、食って掛かるフィリア。
そんな彼女へ、セルフィスは秘密を話すかのように、小声でゆっくりと告げた。
「それは――動物が警戒を解いてくれるまで、優しく目を見つめて、動かず待つことです」
「え」
とたん、フィリアが真顔になる。
「それはムリ。待つって、フィリアが一番苦手なことだもん」
まあ、そう言うと思った。
私は、内心苦笑いを禁じ得なかった。
せっかちで明るい彼女には、そもそも待つという行為はできないだろうし、似合わない。




