第七章37 フィリアのおねだり
「待たせたな」
太陽が二割くらい地平線から顔を覗かせる頃、不意にどこかから凜と張り詰めた声がした。
私は、声のした方を探して――すぐに人影を見つけた。
王宮の塀をぐるりと囲うように敷かれた道の向こうから、四つの人影がやってくる。
声をかけてきたのは、一際背の高いレイシア。
あとの三人は、シルエットを見る限り、ロディ、フィリア、テレサだ。
「もう来てたんだ、おにい。早いね」
私の待つ正門前までやって来ると、フィリアが問いかけてきた。
「うん、まあね。今朝はなんだか早く目覚めちゃって」
「そうなんだ」
「うん、そうなんだ!」
太陽と見まがうくらい明るい笑顔で笑う妹の図。
その様子を見て嬉しく思い――心の奥底で胸が苦しくなるのを感じながら、私も負けじと笑顔を返した。
この笑顔を見続けたいから、真実を秘匿することを決めたのだ。
「それよりおにい」
「何?」
フィリアは急に真剣な顔になった。
内心、ぎくりとする。
ひょっとして、心の奥底に隠した感情……見破られたかな?
そう思ったけれど、それは杞憂に終わった。
サッと、フィリアは両手を差し出して、私の目の前でお椀の形を作る。
見るからに、「ちょうだい」と言っているポーズだ。
「……えっと、何をあげればいいんでしょうか」
「お小遣い」
「フルーツタルトでも買い溜めしておく気?」
「まあ、そんなとこ♡」
フィリアは可愛らしくウィンクしつつ、ずいっと手で作ったお椀を近づけてくる。
「はぁ、わかったよ」
私は短いため息を一つして、革袋から銀貨を三枚取り出した。
今更感があるが説明しておくと、〈トリッヒ王国〉で流通している硬貨だ。
相場としては、銀貨一枚でパンが一つ変えるくらい。
銀貨が三枚もあれば、庶民の服くらいは買えるほどの値段だ。
それを満足げに受け取ったフィリアは、上着の裏ポケットに押し込む。
そして、「ありがとおにい! 大好き!」と叫び、上機嫌でスキップしながら、繁華街の方へと駆けていった。
「まったく、しょうがない奴だな……」
ぴょこぴょこと跳ねる後ろ姿を見送りながら、私はそう呟いた。
こんなところで無駄金を使わないで、旅の途中で使えば良いのにと思ったが、あえて言わないことにした。
ここで渡しておかないと、ぶーぶー文句を言い続けるはずだから。
本当に、世話のやける妹である。
「ところでカース様」
フィリアの姿が見えなくなったタイミングで、テレサが話しかけてきた。
「旅はそのお姿でするのですか?」
そのお姿とは、たぶん“女状態”のことを言っているのだろう。
「はい、一応基本的には女性のまま過ごすことになりそうです。定期的に性別は変えるつもりですが、セルフィスさんが側に居るときに、男状態になるわけにはいかないので」
「ああ、それもそうですわね」
テレサは、納得したように頷く。
と、そのとき。
噂をすればと言うべきか。
「お待たせしました!」
セルフィスが、反対の道から息を切らしてやってきた。




