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第七章36 笑顔を守るために

 フィリアとこれから、どう接すれば良いのか。

 

 僕は今、猛烈もうれつに不安になっていた。


「僕はフィリアの兄じゃないらしい。でも、フィリアにとって僕は兄なんだし……僕もこれまで、フィリアには兄として接してきたんだ」


 現状を頭の中で整理しつつ、独り言をぼやく。

 

 彼女の様子を見る限り、おそらく僕のことを本物の兄だと信じ込んでいる。

 今まで一緒に過ごしていたからわかる。

 彼女が僕を見る目は――正真正銘しょうしんしょうめい、親愛なる兄を尊敬するときの目だ。


 まがりなりにも、嘘をついているとは思えない。


「ということは、フィリアは本物のカース=ロークスが既に他界していることを、知らないってことか……」


 それはほぼ確定と言っていいだろう。

 

 初めて彼女に出会ったとき、「おにいが遠くの街で働いてることはママから聞いてた」などと言っていた気がする。

 

 両親だけがカースの死を知っていて、フィリアにそれを悟らせないために嘘をついていたと考えるのが自然だ。


 まあ、そうだとしたらそれは懸命な判断だと思う。

 フィリアの、兄に対する親愛度は異常だ。

 どんな場所でも見境なく抱きついてくるほどに、愛が凄まじい。


 そんな彼女が、兄の死を知ったら――どうなるか。

 泣き崩れるだけで済まないことは、想像に難くない。


(フィリアにこのことを、話せるはずがないな……)


 必然、僕はそう思った。

 僕一人で背負える問題じゃないことは、薄々理解していた。


 だが――彼女の無邪気な笑顔を奪いたくない。

 本物の兄が、どんな人物だったかは知らないけれど、これだけは言える。


 もし、本物のカースが今の僕と同じ状況に立ったとしたならば、きっと今の僕と同じ選択をしたはずだ。

 偽物の兄でもいい。


 ただ、あの子の幸せを奪うことだけはしたくなかった。


(真実を伝えることが、必ずしもその人にとって良いこととは限らないからね)


 月並みだが、知らぬが仏ということだ。

 あの子にとっての幸せはたぶん、僕が彼女の兄で居続けることだ。

 

 心に刺さった棘は、一人で背負えば良い。


 それでも――いつか、この事実を打ち明けるときが来るだろうか?

 それは、今の僕には到底わからなかった。


 △▼△▼△▼


 ――悲壮な覚悟を決めた夜から数日が過ぎた。


 僕は、フィリアとレイシア、それにセルフィスを連れて〈リラスト帝国〉へ旅立つ準備を進めていた。


 本当は、一日か二日の内に支度を済ませ、出国するはずだったのだが。


 旅をするに当たって、テントや缶詰の食料、携帯ランタンなど、必需品の買い出し。それから各人への出国日時の連絡など、様々なことをしている内に、すっかり日が経ってしまったのだ。


 まあ、いつまでに〈リラスト帝国〉に着くかなどの予定は立てていないから、準備に時間がかかってしまっても問題はない。

 

 ただ、一刻も早く自分の正体が知りたい身としては、少しれったい期間であったのは事実だ。


 △▼△▼△▼


 ――そして、衝撃的な事実を知った夜から、五日が経った日の早朝。


 僕は性別を女性に変え、かねてより集合場所として決めていた、王宮の正門前にいた。


 リュックや手提げ鞄に詰まった旅の道具の重みを感じながら、一人、昇りかけの朝日に目をやる。


 間もなく、旅の仲間達と見送りの人達がここにやって来るだろう。

 それまで少しばかり、徐々に朝やけに染まっていく空を眺めることにした。


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