第二章7 レイシアVSカモミール
※《三人称視点》
今話は、三人称視点でのお送りとなります。あらかじめご了承ください。
――「《削命法―火炎》ッ」
モブCの右手から紅の業火が蛇のようにうねり、レイシアへと肉薄する。
だが、身を焦がすほどの熱気に晒されながらも、レイシアの駆ける足は止まらない。氷のように冷たい相貌は、炎壁に佇むモブCに注がれており。
瞬間、レイシアの右手が霞むように動いた。
その手に握られていた白い石が、炎の渦中に飛び込む。
「《珠玉法―水晶・結氷》」
同時に呪文を叫ぶ。
炎の中に消えた水晶が一瞬氷点下を振り切り、爆発的な冷気を炎の中で発生させる。
そのお陰で、炎の勢いは一気に弱まり……
(やはり殺しきれない、か)
レイシアは忌々しげに歯がみする。
ここで一つ、カースもまだ知らない《削命法》と《珠玉法》の特徴について簡単に説明しておこう。
《削命法》。
〈ロストナイン帝国〉の魔術師が誇る外法魔術である。他者の命を触媒にして起動する魔術で、魔力変換効率が高く、凄まじい威力を発揮する。反面、〈契約奴隷〉を常に引き連れていなければならないため、常に立ち位置が変わる魔術師同士の戦闘を苦手とする。
対して《珠玉法》は、〈トリッヒ王国〉が誇る魔術である。使う触媒は文字通り宝石。対魔術師戦を得意とする反面、魔力変換効率が悪く、単純な破壊力は《削命法》に劣る。
今、レイシアが氷の魔術を起動しても炎をかき消せなかったのは、そのためだ。
(が、分はこちらにある!)
レイシアは炎の燻る地面を踏破し、モブCに向かって駆ける。
「《削命法―霹靂》ッ!」
猫を抱えて飛び下がりながら、モブCは再び呪文を唱えた。
モブCの右手に紫電が弾け、レイシアを捕らえんと迫る。
対するレイシアも、自身の進行方向に水晶を投げる。
「《珠玉法―水晶・結氷》ッ」
水晶が地面に落ちると同時に、水晶が白く輝き、地面から氷筍が突き立った。
すると、レイシアを狙っていた紫電が急に進路を変え、氷筍に着弾。
氷筍が避雷針としての役割を果たし、レイシアへの直撃を防いだのだ。
勿論、今の攻撃で氷筍は跡形も無く蒸発してしまったが……
「そいつを防げばこちらのものよ!」
レイシアは前触れなく笑い、即座に翠玉を後方に投げた。
「《珠玉法―翠玉・暴風》ッ!」
刹那、レイシアの駆ける速度が上がる。魔術で起動した暴風の後押しを受け、一時的に速度を何倍にも増強させたのだ。
加速の時間はたかが一瞬。されど一瞬。
その僅かな時間で、レイシアは一気にモブCとの距離を詰める。
「はっ! やはり猫を抱えたままじゃ、スピードは殺されるようだな。立ち位置の変わる近接魔術戦では、威力重視の魔術は活かせまいッ!」
勝ち誇ったように言うレイシア。その手にはいつの間にか紅玉が握られており。
「《珠玉法―紅玉・火炎》ッ!」
至近距離で炎の魔術を起動。
渦巻く爆炎が、モブCの全身を容赦なく包み込む。
(勝ったな)
確かな手応えを感じたレイシアは、心中でほくそ笑む。
これでモブCを戦闘不能のはず。
そう思っていたから、それは不意打ちだった。
「《削命法―結氷》」
突如、モブCの詠唱が、真横から聞こえた。
「な、にッ!」
泡を食ったレイシアが、咄嗟に飛び下がったのと同時。レイシアが立っていた場所を、数本の氷柱が駆け抜けた。
「ちっ」
レイシアは忌々しげに舌打ちをして、声がした方向に目を向ける。
建物が立ち並ぶ街の、路地付近に。
無傷のモブCが立って、こちらに右手を向けているのが見えた。
「鬱陶しいな、貴様」
レイシアは、さっきまでモブCがいた場所を一瞥する。
そこには当然、モブCの姿などない。
(一瞬のうちにあそこまで移動したか? いや、違うな)
この僅かな間にあの位置まで移動することなど不可能だ。
(ならば……ちっ、そういうことか)
レイシアは、この男に一杯食わされたことを悟り、忌々しげにモブCを睨みつけた。
「光の魔術の応用、だな? 立体的に屈折させた光で、幻影を作り出した……」
「正解かも」
「貴様、一体何者だ?」
「〈ウリーサ〉の魔術師かも」
「そんなことはわかっている!」
レイシアは苛立ちを露わにする。
一体なんなのだ、こいつは。
ウリーサのへっぽこ魔術師の一人や二人に後れを取るような自分では無い。が、今この男に確実にあしらわれた。
万が一にも負けることは有り得ないが、用心すべきではある。
「何者と言われても、困るかも」
対するモブCは少し困ったように首を捻り。
「名前はカモミール=カモンヌかも」
と述べた。
「かもが多すぎだ。……して、何が目的でこんなことをした」
「そろそろ帰るかも」
だが、レイシアと話す気などないらしく、モブC――もといカモミールはそう告げる。
(まあ、それを言うほど馬鹿じゃないか)
後で捉えたモブA・Bあたりを尋問するのが妥当だろう。
そんなことを考えつつも、レイシアは新たな宝石を取り出した。
「逃がすと思うか?」
「逃げさせてもらうかも」
「させん。《珠玉法―紫水晶・霹靂》ッ」
レイシアの持つアメジストが光り、一条の紫電がカモミールめがけて飛翔。
が、カモミールの脳天を貫いた瞬間、その姿がまるで蜃気楼のようにぐにゃりと歪み、跡形も無く消えて無くなった。
「ちっ……幻影か」
忌々しげに吐き捨てるレイシア。
閑散とした町中で、その呟きを聞く者はいなかった。




