第七章30 フィリア、職務放棄する!?
「……ふぁい?」
私は、ぽかんと口を開けたまま硬直してしまう。
「え、何その「なんでお前がついてくるの?」みたいな表情は」
フィリアはジト目で、私の方を睨んでくる。
「ほんと、なんでついてくるのさ……」
「フィリアがおにいのこと好きだからって理由じゃだめ? それとも、可愛い妹を、この国に置き去りにしようって言うの?」
フィリアは、今にも涙しそうに目をうるうるとさせながら、私の方ににじり寄って来る。
そんな表情をされたら……こちらとしても、罪悪感を抱かないはずがない。
「いや、そんなつもりは無いんだよ?」
私は慌てて、首を横に振った。
できることなら、フィリアも一緒に来て欲しい。
基本的に迷惑なことしかしないのは目に見えているが、それでも愛らしい妹だ。謎な部分で役に立つという実績もある。
それに、王女が一般人に扮して旅をすることになるが――いかんせん、やんごとなき御身分であることに変わりはない。
万が一、彼女が一国の王女だと気付いて命を狙ってくるような不届き者も、いないとは言い切れない。
つまり何が言いたいかというと――ボディガードは必要だ。
その点、フィリアなら問題ない。
一応、剣の腕はそれなりに立つから。
(ただ……それはそれとして、フィリアを連れて行けない理由があるんだよね)
私はフィリアの目を覗き込んで、ゆっくりと話した。
「連れて行きたいのは私の本意なんだけど……ほら、フィリア仕事があるでしょ?」
「しごと?」
「うん。私のように、特例で王国騎士団に入隊した人はともかく、正式に入隊したフィリアは、そう簡単に騎士団を辞めるのはできないはずだよ」
「あ、そっか……」
フィリアはとたんに、しゅんとしてしまう。
騎士団に入隊したということは、つまり就職したということだ。
退職するには、当然それなりの手続きを踏まねばならない。
特に、王国騎士団や王宮魔術師団など、王国を守護する仕事を与えられた者は、より慎重かつ多くの手段を経て、辞職しなければならない。
既に〈ロストナイン帝国〉の脅威は去ったが、いつどの国と緊張状態になってもおかしくないのが、政治というものだ。
そんな中で、国の防衛を担っていた者がその職を辞め、敵国に寝返ったとなれば大きな痛手だ。
敵に防衛網の薄いところや、薄い時間帯、ひいては王宮の構造などの極秘情報まで、敵に漏れかねない。
だからこそ、退職する際に裏切ることのないよう、多くの手順と時間を要さなければいけないのだ。
それはフィリアも知っているらしく、「じゃあ、無理だね」と肩を落とす。
普段の無駄な自身に溢れた表情はどこへやら。
今日はただただ、悲しそうだ。
しかし――とある人物の鶴の一声によって、彼女の顔に笑顔が咲くこととなった。
「問題ない。今この場で、フィリアの脱退を認めるぜ」
ロディが腕を組み、ソファにふんぞりかえって座りながらそう言ったのだ。
「……え?」
「わーい! やったやったぁ!」
あんぐりと口を開ける私の前で、くるくる回る妹。
「いいの? 大丈夫なの、それで」
私は、ロディの方へ歩いていき、そう問いかける。
「ああ、問題ないさ。もう王国騎士団なんて存在しないからな」
「……ん?」
少しの間、言っている意味がわからず、唖然とする。
しかし、すぐに彼の言わんとしていることを理解した。
そういえば、王国騎士団と王宮魔術師団は、〈ロストナイン帝国〉の夜討ちによって壊滅的な被害を受け、その後統合されたんだった。
だから今はもう、厳密に王国騎士団・王宮魔術師団という組織は存在しないのである。




