第七章28 吹っ飛ぶ妹
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セルフィスとの話は、無事に済んだ。
最終的に彼女は、私の〈リラスト帝国〉への旅に同行することを決めたのだった。
私の目的は、宮廷占い師に会って、この身体にかけられた呪いを聞くこと。
対して彼女の目的は、旅を通じて自身のトラウマを克服すること。
目的こそ違えど、ちゃんとした理由があっての決断である。
「素敵な旅になりそうだな……」
私は、皆が先に待っている西ブロックへの通路を通りながら呟いた。
自然に頬がほころんでくる。
この国を離れ、新たな地へ向かうのだ。
ワクワクする気持ちを抑えられない。
浮ついた気持ちを抱いて歩く内に、いつの間にかいつもの控え室の前まで来ていた。
「ただいま――」
「おにいおかえりぃいいいいいいいッ!」
ドアを開けて中に入ったとたん、フィリアがイノシシと見まがうような速度で突進してきた。
「ちょぉっ!?」
あまりに突然のことで、私は硬直するしかない。
そんな私をハッ倒す勢いでフィリアが抱きついてきて。
ぼにょん。
しかし、フィリアが私に体当たりしてきて背中に手を回す直前、大きな胸がトランポリンのようにしなる。
結果、猛速度で突っ込んできたフィリアは見事に弾き返され、ゴロゴロと床を転がった。
「あいったたた。う~ん。やっぱり、抱きつくときにその大きな胸が邪魔なんだよね」
フィリアは起き上がり、服についた汚れを叩きながら、私の元へ歩いてくる。
それから唇を尖らせて、私の胸元に二つある丘陵を順番に叩いた。
「基本的におにいがおにいでいる限り、性別が変わってもなんとも思わないんだけどさ。フィリアが抱きつく気配を見せたら、男状態になってよ。おっきい胸がトランポリンになって、せっかく抱きついても跳ね返されちゃう」
「そ、そんなこと言われましてもね……」
私は、ポリポリと頭を搔きながら答える。
「いくらなんでも、無茶ぶりがすぎるって。全力疾走で向かってくるフィリアに対応するの、難しいんだから」
ほぼほぼ不意打ちで面食らっている常態なのに、その上で性別を変える言葉を唱えるなんて、不可能に近い。
「じゃあおにいは、フィリアに抱きつくなって言うわけ?」
「いや、そんなこと誰も言ってないでしょ。抱きついてきてもいいけど、跳ね返されるのが嫌なら、ゆっくり抱きついてくればいいじゃん」
「むぅ……」
フィリアは、不服そうに頬を膨らませる。
どうしても全力疾走で抱きつきたいらしい。
そのとき、部屋の奥のソファに座って一部始終を見ていた一同が、一斉に笑い声を上げた。
「ははははッ! まったく、カースが帰ってくると一気に騒がしくなるぜ」
ロディが、豪快に笑い飛ばしながらそう言った。
「いや、待って。騒がしいのって、僕じゃなくてフィリアの方だと思うけど」
「鈍いな。お前がいてこそのフィリアだろうが」
「……はぁ」
言っていることがよくわからないが、フィリアが激しく頷いているから、彼女には何かが伝わっているらしい。
私が小首を傾げていると、話しかけるのを待っていたかのように早口でレイシアが問いかけてきた。
「カース。王女とは、一体何を話してきたんだ?」
「え? ああ、主には王様に言われた例のことですよ。今後、私と一緒に旅をするかどうかってことです……あとは」
私はそこまで言って押し黙った。
彼女のトラウマについても、話すべきか迷ったからだ。
しかし、ここに居る全員が信頼に足る人物であることを思い直し、深呼吸の後、伝えることを決めたのだった。




