第七章27 乗り越えるために
「だったら……思い切って、国を出てみませんか?」
「え?」
セルフィスは驚いたらしく、口をあんぐりと開けた。
「傷心中の貴方に、こんなことを言うのは残酷だってわかってます。でも、トラウマを克服できるように、私と一緒に旅をしませんか? その過程でたくさんの男性に会って、徐々に男性がいる空気になれていくんです」
「ショック療法みたいなものですか……?」
「まあ、平たく言えばそうなってしまうかもしれませんね」
無理矢理外の世界に連れ出すのだから、ショック療法という言い方はあながち間違いじゃない。
少し手荒な治療だけど、このまま何もせずにトラウマをこじらせていても、彼女自身ずっと辛いだけだ。
どこかでケリをつける必要がある。
もちろん、これは彼女の問題だから、そう思っていても直接告げることはしなかった。
「怖いです。ちゃんと、克服できる気がしなくて……」
セルフィスは俯き、懊悩に満ちた表情で呟く。
肩と唇は微かに震えており、彼女の精神状態を雄弁に語っている。
その姿は、今すぐにでも溶けて消えてしまいそうな程に弱々しく見えて――
気付けば。
私の手は、彼女の細く艶やかな曲線を描く肩にそっと触れていた。
「カースさん?」
私の手が触れていることに気付いたセルフィスは、ゆっくりと顔を上げる。
エメラルドのように魅惑的な深みを湛えた瞳が、真っ直ぐに私を射貫いた。
「大丈夫ですよ。ちゃんと克服できます」
彼女を安心させるように、一語一句丁寧に紡ぐ。
「どんなことがあっても、私が側に居ますから。だから、怖くなったら遠慮無く私を頼ってください」
その言葉を聞いて安心したのか。
肩の震えが、次第に収まっていった。
「どんな時でも、頼っていいんですか?」
やがて震えが完全に止まると、セルフィスは熱っぽく潤んだ瞳で私の目を覗き込んでくる。
その姿はまるで、親に甘える生まれたての子犬のようだ。
「もちろんです。セルフィスさんが、ちゃんと今まで通り、何も気にせず男性を見られるようになるまで、私と……それから“僕”がサポートしますよ」
今はまだ、男状態の私が怖いらしいから、迂闊に性別を変えることはできない。
けれど、使いどころを誤らなければ、きっとこの体質は彼女のトラウマを克服するのに役立つはずだ。
「そうまでして、私のことを考えてくださって……ありがとうございます、カースさん」
セルフィスは、潤んだ瞳を細め、静かに笑った。
「いつでも胸を貸しますから、安心して頼ってください」
女状態で胸を貸すというほど、説得力のある言葉はないな。
そんなことを考えながら、「医者の不養生は、良くないですからね」と付け加えた。
王家に伝わる伝統的な治癒魔術、〈葉療術〉を行使する治癒魔術師たる彼女は、文字通り医者みたいなものだ。
そんな彼女が、心を病んでいたのでは、元も子もない。
「たしかに、カースさんの言うとおりですね。傷を癒やすことで役に立てる私が、このまま腐ってたんじゃ、いい笑いものです」
もうすっかり覚悟が決まったようで、彼女は断然明るく笑う。
(やっぱり、勇敢な王女様だな)
私は、彼女の顔を見ながら密かに感心するのだった。




