第七章25 真相。 セルフィスの過去
「え?」
セルフィスは、目を丸くする。
翠玉色の大きな瞳は、好奇心に揺れていた。
「本当に、できるんですか? この部屋を離れて、いろんな方とおしゃべりが……」
「はい。この部屋と言わず、この国を離れて、見聞を広げませんか?」
「この国を……?」
セルフィスは、一瞬目を輝かせる。
しかし次の瞬間、風船がしぼむようにしゅんと表情を暗くしてしまった。
「無理ですよ、私には……」
「そんなことありません」
私は、勇気づけるように、彼女の手を握る。
「王女様の立場のことを言っているのなら、なんら問題はありませんよ。この国を離れて旅をするのは、他でもない、マキュリー王が推薦していることです」
「お父様が……?」
セルフィスは意外そうに眉をひそめ、それから、何故か尚更悲しそうに目を伏せた。
「ごめんなさい。私がこの国を離れるわけにいかないのは、それだけの理由じゃないんです」
「え?」
今度はこちらが目を丸くする。
てっきり、彼女が無理と言ったのは、王女という立場を放棄するわけにはいかないからだと思っていたが。
今にも泣き出しそうな表情で俯く彼女を見て、狼狽えることしかできない。
一体どんな理由で……?
そんな私の思いを悟ったのか、セルフィスは不意にぼそりと呟いた。
「私、男の人が怖いんです……」
「っ!」
図らずもごくりと唾を飲み込んだ。
彼女の瞳に湛えた光は、消え入りそうなほどに弱々しかったから。
「カース様はもう、ご存じではないのですか?」
「それは、まあ……はい」
私は、慎重に頷く。
「でも、どうして男性が苦手なのかまでは、知らないです」
「酷い理由ですよ」
セルフィスは苦笑して見せた。
「私だって、半年前隣の国に攫われる前までは、男の人を苦手に思っていませんでした」
「じゃあ、向こうで捕まっている間に……?」
セルフィスは小さく首を縦に振った。
「……何があったんですか?」
「それは……」
セルフィスは、艶やかな唇をぎゅっと噛みしめる。
それから、自身の腕を反対の手で強く握りしめた。
「……鬱憤の溜まった殿方から、辱めを……」
「ッ!?」
私は、追求したことを後悔した。
その瞬間、以前彼女が言っていた台詞を思い出す。
――「〈ウリーサ〉などという組織さえなければ、私は地下牢獄に閉じ込められることも無かった。そして、あんな屈辱を受けることも――ッ!」――
脳裏に、怒りと悲しみに満ちた、セルフィスの表情が浮かぶ。
そして次に、地下牢に閉じ込められていた彼女が、ボロボロの服を纏った惨めな姿であったことを思い出した。
ここまでヒントが揃えば、嫌でもわかってしまう。
彼女が、男の人を苦手になってしまった理由が。
そしてわかったからこそ、私は辛い記憶を思い出させてしまったことを強く後悔したのだ。




