第二章6 モブCはモブじゃないらしい
――。
(す、凄い)
離れた位置で一部始終を見守っていた僕は、思わず感嘆の息を漏らした。
二人の、あのナイフ投擲の速度は尋常じゃなかった。少なくとも、訓練なしでできるものじゃない。
生業は、チンピラに見せかけた暗殺者か何かと睨んでおくのが妥当。そう考えて相違ないほどの練度ではあった。
その攻撃をいとも容易く避けてしまうとは。
これではモブCが餌食になるのも、時間の問題だ。
「逃げられると思っているのか、貴様」
レイシアは悪鬼のようにすごみながら、モブCを追い詰める。
「い、一か八か、かも!」
モブCは、レイシアめがけてナイフを投げた。
「あ、あれは!」
その様子を見て取った僕は、思わず声を上げた。
その投擲が、あまりにも不自然だったからだ。
モブCの投擲したナイフは、レイシアに迫る……のだが、先の二人に比べて明らかに速度が遅い。
(これじゃあまるで、素人の攻撃――)
「まるで素人の攻撃だな!」
僕の思ったことに、レイシアが重ねた。
首を横に傾けただけで、ナイフはあっさりとその横を過ぎていく。
「くっ。このっ!」
モブCは更に懐からナイフを二本取り出し、レイシアに向かって投げる。
が、やはり遅い。
「遊びのつもりか?」
レイシアは不敵に笑い、金剛石を弾いた。
「《珠玉法―金剛石・障壁》」
刹那の内に展開される、六角形障壁。
ダイヤモンドと同等の堅さを誇る障壁に、たかがナイフが敵うはずもなく。
激突したナイフはあっさりと弾かれて地面に落ちる。
「ふん。皆ナイフを投げることしか脳がないようで、余は幻滅したぞ。特に貴様のは、とびっきりでダメダメだな?」
「こ、これは……ますますヤバい、かも」
(確かにレイシアさんが圧してるけど、何かがおかしいぞ?)
そのとき僕は、モブCに対して、明らかな疑問を抱いていた。
ナイフを扱う技量なら、先の二人は明らかにプロのソレだ。ただ、レイシアが圧倒的に強くて、それが霞んでしまったというだけで。
だが、この男にはその強さがまるで見受けられない。それが不自然なのだ。
(何か策略があるのか? それとも単純に、こいつの技量だけあの二人よりも劣るのか?)
できれば後者であることを願いつつ、僕は二人の闘いを見守る。
だが……古今東西、悪い予感というものは的中するようにできているらしい。
「あ、あれは……!」
不意にモブCが急に目の色を変えて、閑散とした街の一角に目を向けた。
その先にいるのは――
(三毛猫?)
「はっ! 戦闘中によそ見とはッ!」
瞬間、レイシアが動いた。
目にもとまらぬ速度で、翡翠を投げる。
狙うはもちろん、翡翠・蔦葛による、拘束無力化。
モブCが目を離した、僅かな間隙を突いた攻撃。
「しめたかもッ!」
だが、蔦が届く寸前、モブCが動いた。
「なっ!」
素早い動きで蔦の搦め手を抜け、一直線に三毛猫の元へ。
(何をする気だ?)
訝しむ僕をよそに、攻撃を逃れたモブCは三毛猫をひっつかみ、声高に叫んだ。
「《削命法―火炎》ッ!」
「なぁッ!」
僕は驚きのあまり声を上げた。
《削命法》。
〈ウリーサ〉の有する、他者の命を触媒に起動するという、外法中の外法魔術。
それを起動したということはつまり……
(こいつ、〈ウリーサ〉の魔術師か!?)
道理で、ナイフ投擲が下手だったわけである。
正体を悟った瞬間、モブCの右手に灼熱の炎が渦を巻き、レイシアを呑み込まんと迫る。
「ちぃッ!」
レイシアは舌打ちして、懐から素早く次なる宝石を出した。
「《珠玉法―翠玉・暴風》ッ!」
刹那、爆発的な風がその場に発生。炎に包まれる寸前、レイシアは風を受けて素早く飛び下がった。
「ちっ。此奴は……」
靴底をすり減らしながら僕の隣に滑ってきたレイシアが、忌々しそうに吐き捨てる。
さっきまでの余裕は何処へやら。モブCを見据えるレイシアの横顔には、微かな緊張の色が浮かんでいた。
白い肌を伝う汗が、妙に艶めかしい。……って、そんな馬鹿なこと思ってる場合じゃ無くてッ!
「あの、手伝いましょうか?」
そう告げようと思ったのだが、「貴様は手を出すな」と先手を打たれて返され、出鼻をくじかれてしまった。
「いや、でも貴方一人じゃ……」
「無理、だとでも言いたいのか? ふん。舐められたものだ」
「いえ、そういうわけじゃなくて……」
どう言えば理解してくれるのだろう。
ただ単に、頼って欲しいだけなのだ。どうしてこうも、一々棘のある返ししかできないのだろうか?
「案ずるな。貴様の加護などいらん。ここで指を咥えて見ていろ」
そう一方的に言い捨て、レイシアは懐から新たな宝石を取り出して、モブCめがけて駆け出した。




