第七章23 王女様はシックがお好き
「どうぞ、こちらになります」
玉座の間を過ぎ、廊下を複雑な手順で通ることおよそ十分。
召使いの女性が、一つの扉の前で止まり、手で促した。
「ありがとうございます」
礼を告げ、静かに扉をノックする。
しばらくして、「どうぞ」という聞き慣れた声が扉の中から聞こえた。
私は、後ろに立つレイシア達に目配せをして、ゆっくり扉を開けた。
中に入ると、そこは今までの絢爛さとはかけ離れた、落ち着いた雰囲気だった。
壁はほんのりとクリームがかったホワイト。グレーやベージュで、魔法陣のような模様を描いたカーペットの上に、ダークブラウンのソファが一つと、木製のテーブルが一つ。
奥の方には小さなタンスがあり、その上の花瓶に薊の花が生けてある。
王女様らしい、カーテンの付いた大きなベッドを除けば、庶民の家となんら変わらない。
思わず驚いてしまったが、彼女らしいと言えば彼女らしい。
美しい人を着飾るには、豪華なドレスよりシックなドレスの方が、より着る人の美しさをきわ立てることもある。
こと王女のように、清楚な人の周りには、物静かな雰囲気がよく似合っていた。
その本人はと言うと、私達を目にした瞬間、目を丸くしていた。
「カース様達でしたか。ようこそお越しくださいました」
「おう。久しぶりだな、王女殿下。会えて嬉し……ぐぉう!?」
軽薄に挨拶したロディの脇腹を、すかさずレイシアが肘で殴る。
「え、ええ。ロディさんもお変わりないようで……」
セルフィスはにっこりと微笑み返す。
しかし、私はその笑顔の僅かな歪みを見逃さなかった。
たぶん誰も気が付いていないだろうが。
無理をして笑っているような、微かな不自然さがあった。
ロディの態度が気にくわないわけじゃないと思う。
たぶん……彼が男だからだ。
私は、ずっと彼女に対して抱いていた疑問をぶつけるチャンスを待った。
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レイシアやテレサと並び、助けて貰ったお礼を告げた後、セルフィスのもてなしをうけることになった。
彼女の淹れてくれた紅茶や、一流お菓子職人が作った王室御用達のクッキーは格別だった。
知らぬ間に会話が弾み、セルフィスも楽しそうに笑っていたから――彼女にぶつけようと思っていた質問を、忘れかけてしまったほどだ。
「そろそろ、おいとまさせてもらおう」
話している内に、すっかり夕方になってしまったこともあり、レイシアがそう切り出した。
「そうですわね。楽しくて、すっかり長居してしまいましたわ」
「うん! フィリアも楽しかった! ありがとね、セルフィス!」
テレサの言葉に、フィリアも首肯する。
というか、今日が初対面のはずなのに、もう打ち解けて呼び捨てで呼んでるし……無駄に社交性の高い妹だ。
「ええ。私も楽しかったよ、またねフィリア。また会いましょう、皆さん」
セルフィスは、淑女らしく微笑む。
今がチャンスと思い、私は思いきってセルフィスに切り出した。
「あの、セルフィスさん」
「? なんでしょう」
「この後、少しお話ししたいことがあるんですが……その、二人きりで」
きょとんと首を傾げるセルフィス。
だがすぐに笑顔を取り戻して、頷いた。
「わかりました」
「ありがとうございます」
私はレイシア達を振り向いて、「先に帰っててください」と告げた。
いよいよ、大切なことを切り出す時間だ。
レイシア達がぞろぞろと部屋を出て行くのを見送りながら、私は大きく深呼吸をした。




