第七章14 装い新たに
――翌日。
僕はまだ日が昇らないうちに起きた。
寝覚めは――最悪だ。
頭が重いし、身体がだるい。
風邪をひいたとかいうわけではなく、単純に寝不足だ。
その理由は。
僕は首を回して、ベッドの横を見る。
毛布の隙間からちらりと覗く金髪。
言わずもがな、フィリアだ。
昨夜、寝ようと思ったタイミングで、いきなり寝間着姿の彼女が枕を抱えて押し掛けてきたのだ。
彼女と寝るのは、いろいろと精神的に疲れそうなので、正直気が進まなかった。
しかし、どうせ断っても無駄だということは経験上わかっていたので、仕方なく淹れてやることにした。
(で、入れてやることにした結果が、案の定最悪だったんだよな)
僕は小さくため息をつく。
昨夜は散々だった。
王との謁見に備えてさっさと寝たかったのに、フィリアが抱きついて離れないから、寝苦しくて敵わない。
フィリアがうとうとしてきたタイミングを見計らって、そっと彼女から離れても、少しすればまるで磁石のように吸い付いてくる。
なんというか――妙なところで兄弟愛が発揮されていた。
そんなこんなで、一晩中フィリアと格闘していたがために、ほとんど眠れなかった。
(まあ、レイシアさんと三日三晩特訓した時よりは、随分マシだけどね)
あの時は肉体的に疲れたけれど、今回は精神的に疲れた。
僕はまた、小さくため息をつくのだった。
――フィリアを起こさぬよう、そっとベッドを抜け出して、身支度を始めた。
顔を洗い、歯を磨き、寝間着を脱ぐ。
クローゼットを開けると、いつも着ているベストなどの他に、見慣れない服がかけてあった。
昨日、レイシアに手渡された謁見用の正装だ。
金色のロイヤルガードが施されている、青いフロックコートだ。
首元に据えるクラバットまで準備されており、いささか大仰な気もする。
……というか、僕には勿体ない。
それらを手に取り、汚したり皺を付けたりしないよう、慎重に着込んでゆく。
慣れない手つきで服装を整えること、およそ二十分。
ようやく着替えが完了した。
僕はそのまま、洗面台の鏡の元へ向かった。
そこで、全身の出来具合をチェックするのだ。
「うわぁ……我ながら、似合ってないなぁ」
僕は、思わず苦笑してしまった。
一番最初にこの王宮へ足を運んだとき、門番に「草食系」と言われたことを思い出す。
その通りで、顔立ちは別段キリッとしているわけでもない。
むしろ、女体化しなくても、服を女物に変えれば女性と間違われかねない、中性的な見た目をしている。
そのせいで、いかにも若く男らしい紳士が似合いそうなフロックコートは、全然似合っていなかった。
それを思ったのは、僕だけではないようで。
「むにゃ……おにいおはよ」
いつのまにか起きてきたフィリアが、声をかけてくる。
どうやら、顔を洗いに来たらしい。
寝ぼけ眼でやってきた彼女は、僕を見るなり目を大きく見開き、数秒の間硬直した。
「おにい……なんか、似合ってないね。それ」
「う、うん。僕もそう思うよ」
妹の「似合ってないね」は、結構心に刺さる。
そんなことを思っていると、洗面器の蛇口を捻りながら、フィリアがぼそりと呟いた。
「ま、フィリアとしては、新鮮なおにいが見られて嬉しいけど」
「……ッ」
今度は僕が目を見開く番だった。
彼女は基本的に、嘘をつかない。嘘が言えるほど頭が良くないが、それだけ純粋なのだ。
それ故に。
今はその飾らない言葉が嬉しかった。




