第七章4 添い寝と、憂いと
(~~っ! ……ッ!)
胸の谷までもがく僕の耳元に唇を近づけたテレサが、囁くように言った。
「一つくらい、ワタクシの我が儘を聞いてくださいませ……」
「ッ!?」
僕は、ぴたりともがくのを辞める。
彼女の声色に……寂しげな憂いが含まれていることに、気付いたからだ。
僕が大人しくすると、テレサはゆっくりと僕から離れ、大きな胸をどけた。
彼女の表情が、露わになる。
炎色の瞳は、今にも消えてしまいそうなほど、弱々しかった。
「テレサ、さん……?」
そんな彼女の姿に動揺し、僕はなんと声をかけて良いのかわからない。
ハーレムがしたいなどと勝手に息巻いていながら、なんてザマだ。
僕のことを慕ってくれる人がすぐ近くに居て、悲しそうな表情をしているのに、どう声をかければ良いのかわからないなんて。
「……そんな顔をしないでくださいませ」
テレサは、僕の心中を悟ったように、薄く微笑む。
「でも……テレサさんが、そんな顔をするから」
「そう、ですわね……失礼しましたわ」
テレサは、申し訳なさそうに目を伏せる。
けれどその表情は、彼女には似合わないほど暗い。
――「一つくらい、ワタクシの我が儘を聞いてくださいませ……」――
先程彼女が言った台詞が、どうにも引っかかる。
まるで、最後のお願いを聞いて欲しいと懇願しているように聞こえた。
「何か心配事ですか?」
「え、ええ。まあ……ワタクシは、もう二度とカース様達と会えないかもしれない身ですから」
それを聞いて、僕は彼女をこの国に招いたことを後悔した。
ロディの言った通り、彼女は早晩裁判にかけられる身だ。
最悪の場合、もう日の目を見られないかも知れない。
その可能性を危惧しているからこそ、彼女は消え入りそうな声で、我が儘を聞いて欲しいと言ったのだ。
そして、彼女の好意に気付けないほど、僕は鈍感じゃない。
彼女はたぶん、自分の罪を償う前に、自分の欲望を通したかったのだ。好きな人と眠りを共にする、細やかな欲望を。
「ごめんなさい。テレサさんにとって、帰るべき国は、やはり帝国でしたね軽い気持ちで、「王国に帰りましょう」なんて言ってしまって……。軽率な行動を、どう償えばいいのか……」
僕は申し訳ない気持ちで一杯になる。
それを見た彼女は、悲しげな目をしたまま笑顔を作った。
「カース様はなに一つ悪くありませんわ。ワタクシは、自分の意思で、カース様と共にこの国に来ることを決めましたし……それに、帝国に帰っても同じことですわ。ワタクシは、大罪を犯したお父様の娘。どこに行っても、ワタクシは罪を問われる身です」
「そんな悲しいこと、言わないでください……」
僕は、はっきりとそう告げた。
彼女は、正真正銘、悲劇のヒロインだ。
罪を重ねた彼女が、本当はすごく優しい人間であることを、僕は知っている。
いや、僕だけじゃない。
レイシアは、憎まれ口を叩きながらも彼女のことを信頼しているようだった。
もし彼女の性格が酷ければ、帝国を憎むセルフィスが〈ウリーサ〉の〈総長〉たる彼女と打ち解けるはずもない。
二人とも、テレサのことは嫌いじゃないはずだ。
――故に。
「大丈夫ですよ。テレサさんが、ちゃんとした方法で罪を償えるよう、僕が弁護人を務めます。僕だけじゃなくて、レイシアさんとセルフィスさんも、必ず協力してくれますって。だから、死に行く人の最後のお願いみたいなテンションはやめてください」
僕は、彼女を安心させようと微笑む。
つられて、彼女の表情も少し和やかになった。
「嬉しいですわ。心から感謝を申し上げます、カース様……」
気が緩んだのか、彼女の目がとろんとしてくる。
それから一分もしないうちに、彼女は寝てしまった。
「その表情でいいんですよ、テレサさん」
穏やかな彼女の寝顔にそっと囁きかけて。
僕もまた、疲れを癒やすために眠りについた。
 




