第二章4 レイシアの弱点
「よく来るんだ、ああいう馬鹿が」
後ろを振り返らずに、レイシアが忌々しそうに吐き捨てた。
「へ? よく来るって、ナンパされるんですか?」
「なんぱ? なんだそれは?」
えぇ……と危うく言いそうになったが、よくよく考えてみれば、【THE・恋愛とは縁の無い女子ぶっちぎりナンバーワン】な雰囲気の人だ。
知らなくてもムリはない――もっとも、女性としての今後が、非常に心配ではあるんだけど。ここは一つ、教えておくとしよう。
「ナンパっていうのは、女性をお茶に誘ったり、声をかけて気を引いたり、デートに誘ったりすることですよ」
「ほう? よくわからんが、要するに暇人ということだな?」
「ええ。……まあ、そういうことでいい……のかな?」
まあ、道端の女性に声をかける暇があるのだから、あながち間違いではない……はずだ。
「ところで貴様」
「はい?」
「でーと、とはなんだ?」
危うく転びそうになった。「デート」くらい脳内辞書に入れておいてくれ。
「デートというのはですね、好きな子と一緒に過ごすことですよ」
「なっ!? す、す、好きだと!?」
途端、レイシアがきょどり始める。
「ば、馬鹿を言え! ならば、「なんぱ」とやらは、見ず知らずの人間を好きになって、声をかけることなのか!? そ、そんな馬鹿な話が……ッ!」
「そういうことですよ。可愛い子に声をかけるのが「ナンパ」です」
「なっ!? か、可愛い!? そ、それじゃまるで、余が、か、か、可愛ぃ」
完全にテンパって噛みまくっているレイシア。
なんというか……恋愛全般において、知識と免疫が欠乏しすぎである。
「ああそうさ、嬢ちゃんは可愛いよ!」
そのとき、後ろから声がした。
振り返ると、そこにはモブA・B・Cの姿が。
どうやら、まだしつこく追い回してきているらしい――
(いや違うッ!)
モブAの手には、ギラリと不吉に光る何かが握られていて。
「あれはッ!」
僕がその正体を悟った瞬間、モブAはそれをレイシアめがけて投擲。
ひゅんっ!
不吉な風切り音と共に、レイシアに肉薄する。
「なんだ? 今の音は」
だが、レイシアはテンパって注意力が散漫になっていたらしい。振り返る所作が緩慢だ。
代わりに僕が動いた。
「そこのチャラ男!」
言いながら剣を抜き、一閃。
「女性への求愛は、ほどほどにしておきなよッ!」
キンッ。
金属と金属がぶつかる鋭い音が鳴り、今まさにレイシアに当たろうとしていたソレを、叩き落とした。
地面に落ちたソレは、一本のナイフ。
つまり、今レイシアは、確実に命を狙われていたことになる。
そして、ここは街のど真ん中。
人々が往来する場所で、ナイフが飛べばどうなるかなど、想像に容易い。
「「きゃ、きゃああああああッ!」」
「「うわぁあああッ!」」
案の定、遅れてやってきたパニックが辺りに波及し、蜘蛛の子を散らすように人々が逃げていく。
「なぁっ! 止められた!?」
「ふん。小童だが中々やる」
「この展開は予想してなかったかも」
三人組は、口々に驚きの声を上げ――
(危なかった)
人々が消え、しんと静まった街の中心。
僕は安堵の息をついて――それも束の間。
「余計なことをするな貴様!」
「え?」
今度は突然、レイシアに怒られた。
「余計なことって……でも今、貴方は殺されそうに――」
「なってなどおらぬ。十分対応できた」
「はぁ……」
とてもそうは見えなかったが。
たぶん、彼女のプライドの問題なのだろう。たぶん騎士団員に助けられたくないのだ。
「貴様ら、余に何の用だ?」
レイシアは即座に標的を変え、悪鬼も裸足で逃げ出す程の形相で三人組を睨む。
「へっ。何用と言われても、おにーさん、答える義理はないんだよね~」
「そうか、わかった。王宮魔術師団の総隊長を相手に、この狼藉。覚悟はできておろうな?」
「おー怖い怖い。そう睨まないでくれよぉ」
おどけたように宣うモブA。だが次の瞬間、なんの前ぶりも無くその男の手が霞むように動いた。
風切り音を立てて、飛翔する銀光。
(なっ!?)
振りかぶることなく手から放たれた迅速の投げナイフを、僕の目は追いきれず。
「レイシアさんっ!」
僕は思わず悲痛な叫びを上げた。




