第六章45 一つの時代の終わり。そして、黎明の彼方へ
「終わった……のか」
しんと静まりかえった世界の中心で、私は呆けたように呟いた。
馬鹿げた高笑いも、魔術が襲いかかる轟音も、最早聞こえてくることはない。
そのとき、ちょうど東の空が白み始める。
異世界だから太陽と言っていいのかはわからないが、前世で見た太陽と同じような光る星が、地平線からまもなく昇ってくる合図だ。
黎明の刻。
〈ロストナイン帝国〉と〈トリッヒ王国〉。
両国の情勢が悪化する全ての元凶を倒したことで、時代が一つの節目を迎えたのだ。
これから、二国間の政治関係も、各国の内部構造も、復興の兆しを見せることだろう。
両国における新たな時代の幕開けには、おあつらえ向きな時間帯であった。
「ようやく。終わりましたわね」
真横から声がかけられて振り向くと、いつの間にかテレサが横に立っていた。
真っ赤なゴシッドレスが曙の風にはためいている。
乱れる髪を押さえながら、ぼんやりと白く霞む空を見つめる表情は、吹っ切れたように明るい。
「空が、綺麗ですわね」
「そうですね……夜明けを見るまで、随分長い夜だった気がします」
「本当にそうですわ。壊れてしまう程に、濃密で激しい一夜でしたもの」
またこれだ。
ひょっとして、危ない意味に捉えられる発言しかできないのだろうか?
(まあでも、これも彼女らしいか……な)
私は心の中で苦笑する。
ふと、テレサはしな垂れかかってきて、私の細い肩に自身の頭を乗せた。
戦いの後だというのに、ツヤを保っている黒髪が、私の目の前でサラサラと揺れる。
「あの~、お楽しみのところ、本当にすいません」
不意にセルフィスが後ろから話しかけてきて、私達は振り向く。
「こちらも、終わりました。レイシアさんの応急手当と、魔力回復。ただ、疲れが相当溜まっているようなので、まだ目覚める気配はありません」
見れば、地面に横たえるレイシアの身体の傷は、すっかり治っている。
豊かな胸が、穏やかな呼吸に合わせて上下していた。
「セルフィスさんもありがとう」
「いえ。お役に立てて何よりです」
セルフィスはそう言って、はにかんだ。
「……ところで、テレサさんはいつまでカースさんの肩に寄りかかっているんつもりなんです?」
セルフィスは、笑顔のまま問いかけてくる。しかし、何故か声のトーンが数段低くなっているから、妙に怖い。
「いつまでって……もう一生離れたくありませんわね」
テレサは艶然と笑い、私の腕に自身の腕を絡める。
「ふ~ん、なるほど。やっぱり私、テレサさんのこと嫌いかもしれません」
やはり笑顔のまま、辛辣なことを言い始めるセルフィス。
何やら凄くお冠のようだが、せっかく仲良くなった矢先に、仲違いされるのも困る。
「と、とりあえずテレサさんは、離れましょう?」
私はあわてて、テレサを引っ剥がすのだった。
△▼△▼△▼
「それで、どうやって寝ているレイシアさんを運んで帰るんですか?」
一悶着ののち、セルフィスは聞いてきた。
「まあ、背負って帰るしかないと思います」
「背負うって、カースさんがですか? 無茶ですよ、お疲れのはずなのに」
「いーや、大丈夫ですよ。人一人を背負うくらい、造作も無いことです。こうして性別を変えれば―《男》―」
呪文を唱えて、男の身体に早変わりする。
「ほら、こうすれば筋肉モリモリですから、背負って帰るのなんてなんら負担になりません!」
得意げに言って、セルフィスの方を見て――しまったと後悔した。
「……ぁ、え……。おと、こ……?」
酸素を求める金魚のように口をパクパクさせるセルフィス。
(ま、まずい! 地雷を思いっきし踏み抜いた! そういえばセルフィスさんは、何故か男の人に対してトラウマを抱えてるんだった!)
おまけに彼女が僕の男状態を見たのは、これが初めてだったはずだ。
この状況で、男への性転換……彼女にとっては、精神ダメージの大きすぎる不意打ちだ。
「ご、ごめんなさい! わざとじゃ――」
「きゅぅ~」
謝る前に、セルフィスは倒れ込んでしまった。
「う、うわぁあああ! セルフィスさんがぁあああ!?」
私は頭を抱えて叫んだ。
「随分と派手にやらかしましたわね。彼女に何があったのか、ワタクシにはわかりませんが……あとでちゃんと謝っておくことをおすすめしますわ」
「も、もちろんです!」
彼女に謝ると同時に、どうして男の人を恐れているのかも、聞いておいた方がいいだろう。
王国に無事帰った後も、まだまだ波乱の展開は続きそうだ。
僕は、泡を吹いて目を回しているセルフィスと、気持ちよさそうに眠っているレイシアの二人を背負った。
「帰りましょうか、テレサさん」
「ワタクシにとっては、帰るべき国はここですが……付いていきますわ。貴方の国の王様にも、きっちり謝罪を申し上げたいですし」
「良い心がけですね。それじゃあ、行きましょうか」
「ええ」
互いに頷き合い、私達は〈トリッヒ王国〉への帰途に就く。
そんな私達の歩む先を、地平線から顔を出しかけた太陽が、優しく見つめていた。
第六章完結です!
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