第六章44 乾坤一擲! 運命の勝者
「ええいッ!」
渾身の力を込め、球体を闇の中めがけて投げる。
『ふっ! 何やら奇策を講じたようだが……無駄だ! その光の球体ごと、希望の光も全て消し去ってくれるわ!』
ネイルの言葉に呼応するように、闇が蠢く。
闇の中に飛び込んだ必殺の球体を受け止め、四方から圧搾し、押し潰してゆく。
『ふははははっ! やはり我が闇は不滅! 貴様らのように愚鈍な雑魚共など、物の数ではないわ!!』
清々しいくらいウザい声で、ネイルは叫ぶ。
だが、次の瞬間――彼にとって想像だにしなかったことが起きた。
ビー玉くらいの大きさに圧縮された球体。
その地点を中心に、周囲の闇にピキピキと亀裂が入り始める。
そして。
ガシャァアアン!
ガラスが割れ砕けるような音を立てて、闇の塊が粉々に砕け散った。
闇の破片は、そのまま風に流されるように、霧散していく。
『な、なんだとぉ!? そんなバカな! 我が魔術が、破れただと!?』
驚愕に目を見開くネイル。
そんな彼をめがけて、枷を解かれた光の玉が、再び肉薄する。
『ぐっ!』
泡を食ったネイルは、咄嗟に両手を構える。
猛速度で突っ込む球体を、両手で受け止めた。
――が。
『ぬ、ぉおおおおおおおおッ!?』
威力は相殺しきれなかったらしい。
球体を受け止めた格好のまま、靴底と地面をすり減らしながら、後方へ滑っていく。
『ばかなッ! なんという威力だ!』
今まで見たこともないような、驚きと悔しさに満ちた表情を、顔面に貼り付けるネイル。
その様子を目の当たりにし、ふと胸が空いた気がした。
今まで散々、私達を苦しめてきた強敵が見せる、情けない顔。
少々性格が悪い気もするけど――それが見られて満足だ。
それに、苦しめられたのは私達だけではない。
彼は〈ロストナイン帝国〉を乗っ取り、国の民を傷つけた。自身の野望のために、何ら関係のない私達の王国にまで手をかけたのも、到底許される行為ではない。
多くの命を弄んだ代償としては、マヌケな顔だけでは足りないくらいだ。
気絶させたあとで、キッチリ支払って貰おう。
「これで……終幕だ!」
私は高らかに宣言し、右手の拳を力強く握りしめた。
応じて、光の球体に内包されていた、大量の魔力が、一気に解放される。
太陽のような光の塊が、その姿を保てなくなり、大爆発。
溜め込んだエネルギーが堰を切ったように外に溢れ出す。
『ぉおおおお! こ、これはぁあああああああッ!』
ネイルは、なんとかエネルギーの迸発を押しとどめようと、両手から闇の魔術を出して食い止めようとする。
だが、彼が闇を生成した瞬間、溢れ出す「陽」のエネルギーによってたちまち掻き消されてしまった。
『ば、ばかな! 我の力が、全く及ばぬ! 認めん、認めんぞ! 〈帝王〉たる我が、矮小なるクズどもに負けるなどぉおおおおおッ!!』
断末魔をあげるネイル。
その輪郭が白く霞み、ゆっくりと眩い光に呑み込まれてゆく。
やがて――光が鎮まる。
今までの戦いが嘘のように、辺りはしんと静まりかえっている。
目前の地面には、奥義の爆発で生まれたクレーターがその存在を主張している。
そしてその中心に、全身ズタぼろで大の字に倒れている、ネイルの姿があった。見る限り、白目を剥いて完全に気絶している。
一夜に及ぶ壮絶な戦いは、今ようやく終わりを迎えた。




