第六章41 「託す側」から「託された側」へ
『くっははははっ! 貴様らの攻撃など児戯も同然! 所詮炎など、真の闇には勝てぬのだよ!』
際限なく闇を周囲に撒き散らしながら、ネイルは勝ち誇ったように笑う。
凄まじい速度で吸われていくマグマ。
闇の魔力が際限なく高まり、前線で闇を押しとどめるテレサを呑み込もうと迫る。
だが、押しとどめきれなかった濃い闇の飛沫が彼女の腕や顔、足にかかり、ジュウゥと音を立てて灼ける。
「くっ……!」
テレサの苦悶の声も、闇の中に吸い込まれる。
「すぐに治療します! 《葉療術―治癒》ッ!」
すかさず、灼けただれた彼女の身体に手と葉っぱを当て、治癒を開始するセルフィス。
木の葉が黄金色に輝き、傷付いたテレサの身体を癒やしていく。
それでもなお、闇の飛沫がテレサを襲う。
治しては傷を負い、傷を負ってはまた治し。
その繰り返しを最前線で行う二人へ、心の中へエールを送り、私はこの状況を覆しうる最後の賭けに出た。
「―《珠玉法―紅玉・火炎》―」
慎重に魔力を高めながら、最初の呪文を唱える。
握りしめた手を開くと同時に、三つの宝石の内、ルビーが赤い光を放つ。
それからゆっくりと空中に浮かび、私の額くらいの高さで静止した。
今から起動する必殺技には、とにかく大量の魔力を使う。
なぜなら、今から生み出すのは、三属性の魔術を混ぜて、凝縮したエネルギーの塊だからだ。
(異なる三つの属性を混ぜて、一つの強力な魔術にする!)
迫ってきているのは、圧倒的な“陰”の力を持つ闇だ。
つまり、この局面で最も効果を発揮するのは、“陽”の要素を持つ魔術。
すなわち、「炎・光・雷」である。
この三属性を、大量の魔力を使って混ぜ合わせることで、強力なエネルギーの塊ができるはずなのだ。
(問題は、私の魔力が足りるかどうか……!)
一つの懸念を抱きつつ、私は二つ目の宝石――琥珀にありったけの魔力を注ぐ。
ちらりとテレサ達の方を見れば、傷付きながらも、私を信じて闇の侵攻を食い止めている。
黒い飛沫が、彼女たちの身体に張り付いて、透き通るような肌が灼けていくのを見ると、旨が締め付けられる。
さっき、レイシアと共に、テレサと戦っていたとき。
丁度今と同じような光景があったのを思い出す。
レイシアが、テレサを倒す必殺技を繰り出すために、私が盾になり、時間を稼いだ。
今この場では立場も人員も違う。
私は、「守る側であり、託す側」から「守られる側であり、託された側」になった。
(きっと、レイシアさんはあのとき、今の私と同じ気持ちだったんだろうな)
傷付きながら時間を稼ぐ私を、きっと辛い気持ちで見ていたに違いない。
それと同時に、その期待に応えてみせるという熱い決意を、漲らせていたはずだ。
(必ず、成功させる)
踏ん張る二人へ約束し、二つ目の呪文を紡いだ。
「《珠玉法―琥珀・光輝》」
カッ。
眩い光を放ち、琥珀が宙に浮く。
残る宝石は一つ。
雷の魔術を起動する触媒であるアメジストに、魔力を注ぐだけだ。
(行ける!)
そう確信して、魔力を注ぎだした。
――そのときだった。
私の身体に、異変が起こった。




