第二章3 命知らずのチンピラ
「――この国の国防機関が、元は王宮魔術師団だけであったことは、知っておろうな?」
「いいえ、知りません」……なんて言ったら、どんな反応をされるかわからない。大人しく、「はい」と答えておいた。
「建国以来、国の守人としての地位を守ってきた、誇りある組織だ。だがな、〈ウリーサ〉が跋扈し出してから、大きく変わった。忌々しいくらいに奴等の勢力は大きい。情けない話、王宮魔術師団だけでは、とても対応しきれなかった。その結果、新たに王国騎士団が創設されたのだ」
とすると、王国騎士団が発足されたのは、つい最近ということになる。
「別に、王国騎士団が発足されたこと事態は、恨んではいない」
「はぁ」
「……だがな」
ギロリ。冷たい瞳だけが、こちらに向けられる。
「よりによって何故、騎士団の守備範囲が〈ロストナイン帝国〉側なのだ。代々この国を守ってきたのは、王宮魔術師団だ。〈ウリーサ〉の脅威が強く及ぶ東側の警備を新参者に盗られたなどとあっては、魔術師団の名折れというものだ。そうだろう?」
「あー、まあそう、ですね」
そうだろう? などと言われても同意しかねるが。
要するに彼女は、〈ウリーサ〉との闘いの最前線を、最近発足された騎士団に盗られてしまったことが面白くないのだ。
なんともまあ、堅物というか、プライドの高すぎる総隊長殿である。
……最も、本人の前でそんなこと口走ろうものなら、即刻殺されると思うのだが。
「余には誇りがある」
「誇り……ですか?」
「ああ。魔術師団の長としての誇りだ。貴様には、到底わからんだろうがな」
それっきり、レイシアは黙ってしまった。
正直、彼女が何を思っているのかはわからない。彼女の言う「誇り」とやらが、彼女にとってどんな意味を持つのかも。
ただ一つだけわかることがあるとすれば、「誇り」に縛られていることだろうか。
なんとなく、このレイシアという女性が、孤高で寂しい人に思えてならなかった。
「なあ、そこの嬢ちゃん?」
急に横から声がして振り向くと、男が三人立っていた。
一人は、右手に宝石をはめたチャラい系のモブA。一人は、筋骨隆々で髭を生やした盗賊系のモブB。そして最後は、ひょろガリもやし男のモブCだ。
その三人が、僕の方など見向きもせず、レイシアへにじり寄る。
「ねーねー嬢ちゃん? キミ、可愛いね~」
とモブA。
「年甲斐の無いナンパは趣味が悪いぞ。だが、同意する」
とモブB。
「か、可愛い子かも。でも、デートに誘うのはちょっと大胆かも」
とモブC。
(こ、この人達……)
僕は、冷や汗を禁じ得なかった。
要するに彼等がしているのはナンパである。ただ、どう考えてもする対象を間違えている。よりによってレイシアを誘うとは、命知らずも良いところだ。
「……ふん」
だが意外にも、レイシアは「興味ない」とばかりに鼻を一つ鳴らしただけだった。
「悪いな貴様ら。余は今、任務中でな。貴様らの相手をしている暇は無いんだ」
それだけを告げ、振り切るように足を速める。
「お~い、ちょっと待ちなってぇ」
しかし、モブAがその進路を塞いだ。
「あんまり素っ気ないと、おにーさんキレちゃうよ?」
「勝手にキレていろ」
やはり何か怒る様子も無く、左手でモブAを払いのけて再び歩き出す。
体勢を崩したモブAの脇をすり抜け、レイシアの後を追った。




