第六章38 最後の打開策
ズンッ。
ネイルがそう呟いた瞬間、辺りの空気が数段重くなる。
そして、ネイルを中心に、特濃の闇が出現した。
「なっ!」
「あ、あれは!」
「そんな……」
三人同時に声を上げる。
私達の目は、そのブラックホールにも見える闇の塊に釘付けになっていた。
『はっはっはっは! 刮目せよ! そして我が絶大なる力の前にひれ伏せ!』
闇の向こうから、ネイルの高笑いが聞こえる。
(これが……ヤツの奥義!)
私は闇の塊を見据えて、拳を握りしめた。
夜に存在する微かな光すら吸い取る、完璧な深淵。
《逆転の煌めき》とはよく言ったものだ。最高に皮肉が効いている。
グォオオンと不吉な音を上げ、みるみる内に肥大化していく闇の塊。
一片の明かりすら灯さない、べったりとした漆黒の闇が、成長を続けながら私達を呑み込まんとさし迫る。
「《削命法―火炎―三重奏》ですわ!」
そんな中、テレサが高らかと呪文を唱えた。
煌々と燃えあがる彼女の右腕。
「喰らいなさい!」
右手を大きく三度振るい、高熱の火球を闇に向かって飛ばす。
オレンジ色の炎は、真っ直ぐに闇の中心へと肉薄し、そのまま闇を払――わなかった。
闇に激突した三つの火球は、漆黒の中へと引きずり込まれ、あっさりと消滅してしまったのだ。
「くっ! やはりダメでしたわ!」
テレサは、悔しげに歯がみする。
(テレサさんでも、止められないの……)
精鋭揃いの王宮魔術師団を、たった一人で壊滅まで追い込んだ、稀代の天才魔術師であるテレサ。
そんな彼女をして、まったく歯が立たないとは。
私達は、なんていう怪物を敵に回してしまったのだろう。
この戦い、もう勝ち目はないのか……?
肥大化の勢いが全く衰えない闇を見据えて、頭を抱えてしまう。
(どうしよう? どうすれば! この闇の壁をぶち破って、ネイルを倒せるの!?)
余裕のない状況の中、この劣勢を覆す策を探すが、打開案は腹が立つくらいに浮かばない。
そうしている間にも、闇はどんどん成長を続け、辺りの微かな光を片っ端から喰らってゆく。
刻一刻と、破滅の時は迫る。
そのとき。
(そうだ!)
唐突に思い出した。
私は、一つ必殺技を編み出したんだった。
そのことを思い出すのと同時。
私の脳裏に、ある日の記憶が蘇った。
それは、ついこの間の記憶。
レイシアと魔術の特訓をしていたときのことだ。
(そうだ、私は――そのとき、この必殺技を思いついたんだ)
迫り来る闇が視界を真っ黒に覆う中、私は目を閉じる。
周りがあまりにも暗すぎて、目を閉じた方が明るいと感じるのは、生まれて初めてだ。もっとも、この世界に生を受けてまだ二週間ほどしか経過していないが。
その明るい瞼に、その日の記憶を投影した。
 




