第六章37 逆転の煌めき
だが、ネイルを倒すその前に。
「セルフィスさん、貴方に頼みたいことがあるんです」
「なんでしょう?」
「レイシアさんを、治療してあげてくれませんか?」
地面に横たえたレイシアをちらりと見て、セルフィスに告げる。
「もちろんです。今すぐ取りかかりますね」
「助かります」
レイシアが復活すれば、また三人揃っての戦いが可能となる。
もちろん、失った魔力が戻るわけじゃないから、完全復活は望めないだろうが、傷だけでも治すのと治さないとでは、だいぶ違うはずだ。
ネイルが反則級の強さを誇る以上、戦力は多い方がいい。
レイシアの側へ近寄るセルフィスの後ろ姿を見送った――そのときだ。
ぞくり。
得体の知れない怖気が背筋を駆け上る感覚に襲われた。
続いて、きらりと、視界の端に不穏な光が映る。
その光が一体何なのか――考えるより前に身体が動いた。
「セルフィスさんッ!」
言うが早いか、セルフィスに飛びつき、そのままもつれるように倒れ込む。
そんな私達の頭上を、一条の閃光が掠め去った。
確認せずともわかる。
このタイミングで攻撃を仕掛けるような輩は、ネイルしかいない。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。ありがとうございます」
セルフィスが無事なのを確認して、ネイルの方を振り向いた。
「相変わらず、良い性格してますね?」
『当たり前だ。これ以上余計な敵を増やすわけがないだろう』
ネイルは、さも当然というように言い張る。
これで、セルフィスが殺されそうになったのは二度目。
一度目は、セルフィスに森の中へ逃げるよう指示したとき。
そのときは、逃げるセルフィスの背後から、魔術の攻撃を放った。
二回とも、戦闘意思のない彼女を狙った不意打ち攻撃だ。
本当に、胸くその悪い奴である。
「どうやら、ワタクシ達二人だけで、お父様を倒すしかないようですわね」
「はい」
肝が据わったテレサの言葉に、頷いて返す。
(こいつが目を光らせている以上、レイシアさんの回復を図るのは……厳しいかな)
回復役の彼女は、常にマークされていると見るべきだろう。
この状況で、レイシアを治療してもらうのは、リスクが高すぎる。
(今しばらく、その状態で我慢してくださいよ。こんな戦い、早急に終わらせますから)
心の中で眠り姫にそう告げ、ネイルを睨みつけた。
「いきましょうテレサさん。もういい加減、この馬鹿げた戦いを終わらせるんです」
「もちろんですわ。これまでお父様が行った数多の狼藉。その罪を償っていただきましょう!」
私とテレサは覚悟を決め、横並びに立ち、臨戦態勢を取る。
『ふははははははッ! いい覚悟だ! さて。ではそろそろ、本当の終幕といくか』
ネイルはひとしきり笑い飛ばした後、両手を大きく空に掲げた。
『―《増幅》―』
次の瞬間。
不穏な気配が、辺りに立ちこめる。
ただでさえ暗い夜が、殊更に昏く、深く、淀みに呑まれていくような感覚。
「こ、これは……?」
闇が目に見えて濃くなっていくのを感じていると、ネイルが不思議な呪文を口走った。
『《逆転の煌めき》』




