第六章36 二人の王女様
「セルフィスさん……!」
私は内心、驚いていた。
テレサの発言から、状況はなんとなく察した。
ネイルの攻撃を受けて吹き飛ばされた後、セルフィスに治療して貰ったのだろう。
しかし、一つどうしても解せないことがあった。
それは。
「自分の意思で、テレサさんを治療してくださったんですね」
「はい。意外でしたか?」
「はっきり言って、意外でした」
私は即答した。
テレサが倒れたのは、さっきが初めてではない。
私とレイシアは、ネイルと戦う前に彼女と一戦交えている。そのとき、彼女はレイシアの必殺攻撃を喰らい、瀕死の重傷を負ったのだ。
その後、偶然居合わせたセルフィスに、彼女を治癒して貰うよう頼んだのであるが、最初断られた。
セルフィスは、〈ウリーサ〉の魔術師に攫われて以降、長い間帝国の地下牢に閉じ込められていて、辛い思いをしたのだろうから、まあわからない話じゃない。
そのときは、私とレイシアが必死に頼み込み、テレサを治癒することを渋々承諾してくれたのだ。
しかし今回は――
(自発的に治癒した……あれほど、テレサさんを嫌っていたセルフィスさんが)
そのことがどうしても腑に落ちない。
一体、どういう風の吹き回しだろうか?
「セルフィスさんはテレサさんのこと、あまり良く思っていないんじゃないかと、勝手に判断していたので……」
「それは、そうですね……」
セルフィスはバツが悪そうに唇を柔く噛みしめて、それから吹っ切れたような笑顔になった。
「でも、それは最初だけです。今はもう、特に嫌っていませんよ」
「そうなんですか。でも、どうして……?」
「そうですねぇ……」
セルフィスは、自身の細顎に指を添えて考え込む。
しばらくして、「少なくとも、完全な悪人って感じはしないからです」と答えた。
「完全な悪人じゃない?」
「はい。テレサさんがご自身の立場を明かしてくださった時に、一概に悪い人とは思えなくなったんです。お父上の蛮行を止めるために、ご尽力されていると聞いたので。それに……」
セルフィスは、なにやら申し訳なさそうに表情を歪め、話を続けた。
「今の私は、ただのお荷物ですから。せめて、前線で戦うことのできるテレサさんを治療して、カースさん達の負担を和らげようと思ったんです」
「セルフィスさん……ありがとうございます」
私は深々と頭を下げる。
気丈な彼女が、ネイルを前に怯える理由は未だよくわかっていない。
けれど、今の自分にできる精一杯のことをやろうという勇敢な姿勢には、文字通り頭が下がる思いだった。
「ワタクシからもお礼を言わせてくださいませ、セルフィス様」
テレサは一歩、セルフィスに近づいて会釈する。
「お父様にやられて瀕死だったワタクシの元に、貴方様が駆けつけてくださらなければ、間違いなく助かりませんでしたわ」
「酷い怪我でしたからね……助かって、本当に良かったです」
セルフィスはそう言って、微笑んだ。
そこに、嫌悪の色はない。心から良かったと思っている証拠だ。
(良かった)
私も、心から安堵の息を吐く。
テレサが無事だったこともそうだが、それより二人のわだかまりが消えたことが、何より嬉しかった。
セルフィス=ル=トリッヒと、テレサ=ラ=ロストナイン。
確執の多き王国と帝国の血を引く二人の間に、壁がなくなったというのは、感慨深いものがある。
(よし。あとは、ネイルを倒すだけだ!)
私は今一度、気合いを入れ直した。




