第六章33 氷撃猛威
――肉薄する。
白い冷気を纏った氷柱と氷塊が、ネイルの命令一つで自在に動き回り、容赦なく襲いかかる。
もちろん、それらが狙っているのは僕ではなく、左肩に抱いたレイシアだ。
『いざ、逝ね!』
「させるもんか!」
ネイルの言葉に呼応して、四方八方から飛んで来る氷の大群を躱す。
それらを一々見切っていられない。
いや、数が多すぎて見切れないというべきか?
絶え間なく不規則に動き回り、勘と運だけで避けてゆく。
時折すぐ脇を横切る氷塊を剣で叩き落としながら、ひたすら躱す。躱す。躱し続ける。
――が。
「やっぱ、ジリ貧だな!」
飛び回る度に脂汗が額から飛び散るのを見送りながら、ぎりっと歯を噛みしめた。
今はなんとか持ちこたえているが、これもいつまで持つかわからない。
時間が経てば経つほど体力と精神力を消耗し、不利になる。
実際、ネイルの攻撃は少しずつ僕の身体に傷を刻んでいた。
こちらの動き回る速度が遅くなっているせいでもある。
だが、それ以上に、レイシアを庇いながら逃げているというのが大きかった。
彼女を抱えながらだと、どうしても体力の消耗スピードは跳ね上がる。
加えて、レイシアに当たる攻撃のいくつかを、自分の身体を盾にして防いでいるのも、ネイルの攻撃を喰らう大きな要因だった。
ザシュッ。
鈍い音がして、左手に鋭い痛みが走る。
鎌鼬のような氷柱が、腕を掠めたのだ。
「ぐっ!」
くぐもった声を歯の隙間から漏らし、痛みに耐える。
(これ以上は、マズいな……ッ!)
傷口をちらりと流し見て、致命傷でないことを確認する。
このくらいの傷ならば、戦闘に支障は殆ど無いだろうが――受ける傷が増えてくるなら話は別だ。
そう何度も、攻撃を受けられるはずがない。
必ずいつか限界がくる。
(いや、いつかなんて甘い話じゃないかも)
目線を縦横に動かし、反射神経だけで動き回りながら、熱い吐息を漏らす。
この物量の攻撃を、ほぼ勘と運だけで捌けていること自体奇跡といえる。
今すぐに致命傷を負っても不思議じゃない――そんな状況だ。
(早いとこ、反撃しないと!)
氷塊が飛び回る向こうを睨みつける。
数メートル先で、ネイルは腕組みをしながら佇立している。
どう見ても油断していそうなのに――全く隙が見当たらない。
反撃のチャンスを見いだせない。
(どうすればいいんだ……ッ!)
ネイルは依然、数メートル先に立っている。
だが、次の瞬間。
「えッ!?」
僕は思わず声を上げた。
まるで瞬間移動でもするように、ネイルは僕の目前まで迫っていたのだ。
「なっ!? いつの間に!?」
『貴様が瞬きをした瞬間に距離を詰めた』
そんな異次元じみた答えを淡々と告げ、ネイルは拳を振るった。
ドンッ!
腹部から背部へかけて、衝撃が駆け抜ける。
驚く間もなく、ネイルの渾身の一撃によって後方へ吹き飛ばされる僕。
パンチの凄まじい威力に失神しかけ、あろうことか剣と、レイシアを抱く手を離してしまった。




