第六章32 ネイルの下劣な策略
(どういうこと? 僕に勝てる根拠が、レイシアさんて……?)
ネイルの考えがまるでわからず、訝しむ。
そんな僕の心を悟ったように、ネイルは言った。
『簡単なことだ……自分がどうなったとしても、彼女だけは命がけで守り切るのだろう?』
「もちろん。そんなの、当たり前でしょう?」
『ふっ、やはりそうか。貴様が呆れるほどにお人好しだという、我の見立ては、間違っていなかったな』
――お人好し。
その言葉を聞いて、レイシアから言われた台詞を思い出す。
――「貴様は超がつくほどのお人好しだからな」――
ネイルやレイシアいわく、僕は相当のお人好しらしい。
もちろんその自覚はないが……そもそも大切な人を命がけで守るのは当然だろう。
故に僕は、どうあってもレイシアを守るつもりだ。
『そして、そんなお人好しのバカだからこそ……打ち負かすのは容易い』
低い声でそう告げて、次の瞬間、ネイルは右手の人差し指をレイシアに向けた。
僕ではなく――レイシアを狙ったのだ。
指先から閃光が迸り、気を失っているレイシアへ肉薄する。
「なっ!?」
レイシアを抱いたまま、横っ飛びに躱す。
間一髪。
レイシアの脇を鋭く掠めて、光は過ぎ去って行った。
容赦ない一撃がレイシアの命を刈り取ることは、避けられた。
ここでようやく、僕はネイルの言わんとしていたことの意味を理解する。
「あ、あんた! まさか……! 僕じゃなくレイシアさんだけを狙う気なんですか!」
『ご名答。貴様を狙うよりその女を狙った方が、効率がいいと判断した』
「な、なんて卑劣な!」
僕は絶句した。
敵を仕留めるためには手段を選ばない、その狡猾さに怒りすら湧いてくる。
今すぐにでも、顔面を殴り飛ばしてやりたいくらいだ。
『卑劣でけっこう。相手の足下を見るやり方で、今まで何度も気に入らない奴を丸め込み、ひねり潰し、のし上がってきた。今回も例外ではない』
「くっ!」
『その女が死ねば貴様の心も同時に死ぬ。その女を生かすために貴様が身体を張って庇えば、貴様の命が先に尽きる。どのみち貴様に勝ち目などない。これからはもう、我の一方的な蹂躙だよ』
「ちっ。悪魔が……!」
瞳に烈火を灯し、睨みつける。
状況は極めて絶望的。
だが、こうなることは薄々わかっていた。
ネイルは、絶対にレイシアを排除しようとする。それがわかっていたから、僕は彼女を担ぎながら戦うことに決めたのだ。
今回はただ、レイシアを絶対に死なせたくないという思いを、ネイルに利用されたにすぎない。
レイシアという師恩剤が、僕を仕留める上で都合の良い材料だと判断されたのだ。
(まったく、見れば見るほど腹が立つ奴だな)
ウザいことこのうえない、この胸くそ悪い人間の鼻を明かしてやりたい。
そのためには、意地でも守り切ってみせるしかないのだ。
(全身全霊をかけて、なんとしても守り抜く!)
ネイルを睨みつけたまま、右手の剣を構え直す。
『いい目だ。大切な人を失って、その目が失意に染まるのを見るのが楽しみだ』
ネイルは愉悦の表情でそう言って、さっと右手を横に振った。
応じて、周囲の空気の温度が一気に下がる。
それと同時。
空中に無数の氷柱や氷塊が出現した。
『行け』
ネイルは、指先をレイシアの方に向ける。
その指示に応えて、氷柱や氷塊が動き出した。
『ははははッ! さあ、守って見せろ……貴様らの内、どちらかが死ぬまでな!』
下品で下劣極まりないネイルの高笑いが、辺り一帯に木霊した。




